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第一章 通り過ぎる人々の誰もが、彼女を振り返った。 それほど、彼女の風貌は奇妙だった。 彼女が歩くたびにジャラリと重そうな音がして、陽の光にきらきらと輝く、身体中を飾る宝石類。 異常なくらい宝石のついた首飾りが、ジャラジャラと襟元を埋めている。 二の腕と手首にも、更には足首までに宝飾品が光っていて、見るからに肩が凝りそうな格好だ。 その上、拳サイズのとてつもなく大きな赤い石の付いた長い杖まで持っている。 その重量を考えると、これは拷問なのではないかと思えてくるくらいだったが、これが彼女のスタイルだった。 彼女の名は、ホノファーナ=シ=チ=レーン=レジア。 かの有名なレジア一族の一員だ。 森に住む魔術師の一族で、その誰もが身体に無数の宝石を身につけているという。 高価な宝石類を身につけて歩くという変わった習性は古代からの伝統らしく、手に入れるのが困難な物を持っているほど、権威のある証拠とされていた。 しかも彼女はその族長の直系でかなり凄腕の魔術師なのだが、それは、知る人ぞ知るというヤツで、平和に暮している一般人にはまったく無縁な話だ。 それゆえ、その格好は好奇というしかない。 木材のような淡い色の肌で、なかなかきれいな顔立ちをしているが、誰もがその身体にひしめく宝石に目がいってしまうので、彼女の顔を気にする人間はいない。 黄金の髪と真っ赤な瞳がまた、身を飾る宝石と区別が付かないくらい美しい。 少し歩くだけでへばってしまいそうに重そうなものを纏ってはいるが、ホノファーナの足取りは信じられないくらい軽やかだった。 ここは、ドラゴンの里。 裏山にドラゴンの棲む洞穴があるという、観光都市。 かつて好奇心旺盛な若いドラゴンに町を半壊させられた事もあったそうだが、商魂たくましく、今はそれを名物にまでしている。 レストランに『ドラゴンのステーキあります』と書いてあったり、土産物屋にドラゴングッズが売っていたり、どこに行ってもドラゴンづくしだ。 何がなんでもドラゴンを利用してやろうという魂胆が見え隠れする。 ドラゴンのせいで壊滅状態に陥ったものは、ドラゴンで取り戻そうというつもりだろうか。 町の各所にある壊れた家や抉られた土の側にも『ドラゴンの爪痕』という看板が立てられて、その前で記念撮影する人が多数。 しかし、ホノファーナの目的はそんなドラゴンの残した跡を見るような観光ではなく、正真正銘本物のドラゴンに会う事。 会ってドラゴンを倒し、その腹からドラゴンの宝玉と呼ばれる石を取り出す事だった。 大型の獣には、消化を助けるために石をいくつか飲み込んでいるものが多いと聞くが、ここに生息するドラゴンもそうらしく、それを狙って来た。 寿命の長いドラゴンのその石は、石同士や飲み込んだ生物の骨などとこすられて摩耗し、消化液によって磨かれ、宝石のようなきれいな光を放つ。 よって、長生きしているドラゴンのものの方がその透明度は高く上質であるが、年を食っている分だけ知能も高く強い。 が、ホノファーナには好都合だ。 ドラゴンを倒す自信はある。 レジアの中でも腕が良く、天才とまで謳われたホノファーナに倒せなくて一体誰に倒せるというのか。 幼獣を捉えてその肉を食するという習慣のあるこの里は、ホノファーナの野望を叶えるにはちょうどいい場所だ。 そう思ってニヤついた時、背後から、あの、と呼び止められる。 妄想の邪魔をされ面倒臭そうに振り向くとそこに、正義感のありそうな精悍な顔立ちの大男が立っていた。 女の割に背の高いホノファーナより、頭一つ以上大きな巨漢。 「署名、お願いします」 こういったナリをしていると滅多に人には話し掛けられないのだが、男は凛々しい笑みを向けて、確かにホノファーナに向かって言葉を発している。 声からして、年の頃は20代後半という感じだが、やたら澄んだ目をしている。 自分のやっている事を疑いもしない、正しく生きているつもりのヤツなのだろうと見当をつけ、ホノファーナは男の側に歩み寄る。 「何の署名?」 「ドラゴン保護団体です。幼獣を次々殺すので現在この谷のドラゴンの生息数が減少しています。このまま狩りを続けていると絶滅の一途をたどるのではないかと懸念して……」 明らかに年下のホノファーナにタメ口で話しかけられたにも関わらず敬語を使う。 色々、今のドラゴンの現状やら何やらを一方的に話し終えると、ホノファーナの反応を待った。 善人ぶりを面白がって笑ったのだが、何を勘違いしたのか男は礼を言いながらペンと紙を差し出してきた。 ドラゴンを殺しにやって来たホノファーナに、ドラゴンを守るために監視を強化しろと役所に訴える署名を求めている。 思わず、口元に笑みが浮かぶ。 目の前の愚かな男に向けたものだが、その愚かな男は自分に賛同してくれたものだと信じているようだった。 「名前を書けばいいのね?」 「ハイ。ご助力感謝します」 さらりと列の最後にサインし、男の顔を見上げる。 これでいいかしら、と目で問うと、男はニコリと微笑んだ。 「どうもありがとうございます、レジアさん」 「ホノファーナでいいわ。ところでこの辺でどこかゆっくり休める所はないかしら?人気のない所がいいわ」 長旅の疲れと人の多さにうんざりしている旅人を装うと、男はホノファーナの身体中に纏われた重そうな宝石類を見て苦笑い、少し考え込んだ。 「そうですね、観光地ですから……。お疲れでしたら団体本部の休憩所に案内しますが?」 「ドラゴン保護団体の?」 面白くて笑ってしまうが、 「そうしていただけると嬉しいわ」 そういって、微笑んだ。 男はロキエと名乗り、山道を少し歩くと言って人の流れから外れ、ホノファーナを先導していった。 歩いている間、この都市の説明を色々してくれた。 この地域では昔から食用のために少しだけ、生後間もない小さなドラゴンを捕獲していたが、数十年前ドラゴンに壊滅的な被害を与えられてからは、街の保身のためにドラゴンの乱獲をして来た。 そのうちそれを見に来る観光客が来始めて、ドラゴンが商品になると知った町の人々は、ドラゴンのいる都市として観光開発を始め、売るためにドラゴンを狩り始めた。 調子に乗って乱暴に狩り過ぎたらしく年々ドラゴンの数は減ってゆき、十数年前ドラゴンを保護動物に認定し許可なく捕獲してはならないという条例を作らなければいけなくなった。 それも、ドラゴンで儲けることを覚えた人間を抑制するには至らなかった。 密猟者は絶えずドラゴンは滅びの道を歩んでいる。 ドラゴンの肉の値段はつり上がり、許可証のない密猟者も一獲千金を狙ってむやみにドラゴンを捕まえ、闇で売り捌いているらしい。 ロキエはそれを聞いて憤慨し、有志を募って私設の保護団体を設立していたが、それに賛同してくれた人物がいたということだ。 その、今のドラゴン保護団体の後援をしている人というのは、ここら一体の地域を取り仕切っている豪族で、ヘレンズバラという政治家らしい。 目先の利益追求ばかりする他の議員たちとは違い、ドラゴンの保護も考えている、見通しの長い人物だといって、ロキエは嬉しそうにした。 市の中央に大邸宅を構えている相当な金持ちらしく、ロキエが言うには、気さくで人当たりのいい人だという。 ホノファーナは、そんな人物が金持ちの筈がないと思ったが黙って適当に相槌を打っていた。 悪人までもが善人に見えるらしい26歳のおめでたい男は、ホノファーナの事も似たような目で見ているのかもしれない。 ホノファーナは顔はにこやかに接していたが、心の中は冷ややかだ。 それでもロキエはホノファーナのそんな思いに気付かないらしい。 そういう所のある、『人の善い人間』というモノがキライだ。 周りの事などお構い無し。 そんな人間を一人知っている。 今頃どうしているのか知らないが……。 しばらくして、道の脇に『ドラゴン保護団体本部』という立て札が立っているのを見つけた。 「もう少しですよ」 ロキエはそういって前の方を指差した。 程近い所に5階くらい有りそうな塔が立っていて、てっぺんは見張り台のような形をしていた。 そんなに遠くまで来たわけではないのに、人気がなく森閑とした場所だ。 ここには塔しかないから、こんなものなのだろう。 塔の一階は一般に開かれている休憩所になっていて、知る人ぞ知るという観光客の穴場になっているそうだ。 二階には本部があり、三階は団員の休憩所、四階は会議室、五階は仮眠室、屋上が見張り台になっているという。 地下には史料保管室と食料貯蔵庫、武器類が置いてある部屋があるらしい。 歩いて来た道を振り返ると、町並みが少し低い所にかたまっている。 少し高い場所にいるだけなのに、人を見下ろしているような気になる。 高さだけでそんなことを思ってしまったのがなんとなく気に入らなくて、ホノファーナは自分自身に口を歪めた。 どうせ優越感を味わうならもっとレベルの高いもので味わいたいものだ。 ムスッとした顔のホノファーナを少し心配そうにロキエが見ていた。 「疲れましたか?」 体力のあるホノファーナにとって、このくらいなんでもない。 しかし、首を振ったにもかかわらず、ロキエはホノファーナを励ました。 背の高いその顔を見上げると、さわやかに微笑んでくる。 侮られていると感じて密かにムッとしながらも、平和的に微笑みで返した。 「この塔からドラゴンの生息する洞穴へ続く唯一の道が見渡せまして、不審な輩が近付くのをここで食い止めているのですが、最近は慣れて来たのか逃げ足が速くなって少し困っています」 「唯一の道?」 「ええ。ドラゴンの洞穴に辿り着くには絶対に通らなくてはならない道です」 「山でしょ?道のない所からだって行けるんじゃない?」 「いえ、それがそうもいかないのです。ドラゴン・ロードというものがあって、洞穴に近付くためにはそこを通らなくてはならず、他から行こうとすると罠にはまったように道に迷ってしまうのです。山からも下りれなくなったりします」 それは知らなかった。 驚いたが、良く考えるとホノファーナにはドラゴンに関する知識が皆無だ。 少しここで情報収集をするのが身のためだろう。 ここまでは行き当たりばったりで来たが、ここからは慎重になって確実にドラゴンの宝玉を手に入れたい。 特に、保護団体というものがいるのだから、一度失敗すると、ドラゴンを狙う危険人物として目をつけられてしまうかもしれない。 塔に近付くと、屋上から手を振っている人物が見えた。 双眼鏡を手に山の方を監視していたが、ロキエに気付いたらしい。 「お帰りなさーい、隊長ー」 語尾をのばし、大声で叫んでいる。 子供のような声だった。 ロキエはそれにねぎらいと監視の続行を告げると、ホノファーナに、ああして四六時中昼も夜も見張っているのだと教えてくれた。 塔の前の広場では何人かが剣術の練習をしていて、その周りでは子供が走り回って遊んでいる。 少し離れた所に街を見下ろして座っている観光客のような人もいて、確かにここは穴場らしかった。 ほのぼのしていてうんざりしてしまう。 「ここは、誰でも来ていいのかしら」 「そうです。いつでも自由にきていただいて結構ですが、ただ、塔の中は2階以上へ行かれると困ります。一応団体の施設ですから」 塔の入り口はすぐ部屋の入り口になっていて、扉を開けると部屋の中央に細い長いテーブルが置いてあるのが見えた。 石造りの窓の少ない塔の中、シンとした室内にいる4人の男達を見て思わずホノファーナは、ドラゴン保護団体の本部とはごろつきの溜まり場なのだろうかと疑ってしまった。 各々何か飲みながらくつろいでいる風を装っているが、どこかピリピリしている。 一人は遊びつかれて寝ている子供だが、少なくとも残りの3人は、人相からしてどう見ても極悪人だ。 使命感に燃えた血気逸る若者、というのともちょっと違うような気がする。 じろりと牽制するようにホノファーナを一瞥したその目つきは、何かを捉えようとする狩猟者の目だ。 「この人達は団員なの?」 「いいえ、旅の方です。最近よくいらしてくれる常連ですね」 穴場を知っている観光客にはどうしても見えない。 敵の動向を探ろうという姑息な密猟者だ。 ロキエがここまでおめでたい男だとは思わなかった。 仮にもドラゴン保護団体の隊長であるくせに、人を見る目が全くない。 せっかく協力しているヘレンズバラ議員にとっては嘆かわしい事だろう。 「あれ、ロキエ、もう帰って来たのか?早いな」 階段の上からそう言いながら降りて来たのは、細身の男だった。 ホノファーナに気付いてにこやかに微笑むその美貌は、誰もが一瞬で目を奪われるほどで、引き込まれるような艶やかさがある。 乳白色の透けるような肌に美しい淡い色の金髪、瞳の色は上質のエメラルド。 知性的で品のある顔立ちだったが、どことなく軽薄そうな感があるとホノファーナは思った。 その男を見つめているホノファーナの前に立ちはだかるようにして、ロキエは先刻と態度をがらりと変える。 丁寧で礼儀正しいという顔はどこかへ行き、警戒するように男を睨んで口を歪める。 「何でここにいるんだ、ワルネミュンデ。貴様は団員じゃないだろーがっ」 「いいじゃないか、親友。オレとお前の仲だろ?それに、ワールと愛称で呼べっていつも言ってるじゃん。ミュンデでもいいけど」 「触るな、汚れる。誰が、親友だ、この女ったらし。用がないくせにここに来るな」 肩に乗せられた手を力一杯振りほどきながら、ロキエは凄味を利かせる。 ワルネミュンデはそれに苦笑で応え、肩を竦めて溜息をついた。 「ま、いいけど…。それより、この美しい人は?」 訊かれてロキエはかばうようにホノファーナの前に立つ。 どうやら、ロキエはこの美貌の男に相当な敵愾心を抱いているらしい。 「お前には何の縁もない人だっ」 「そんなコトがお前に分かるわけないだろ?オレの嗅覚は正しい。これは運命の出会いだよ」 ネ、と色目をくれるが、ホノファーナは呆れ返った軽蔑の目でワルネミュンデを見つめた。 「あなたは鼻で人を選ぶのね。犬になりたいならそれらしくしたらどう?まず、ひざまずいて従順な態度を取るとか。そうしたら命令くらいくれてやるけど?」 それまでおとなしくしていたホノファーナのその台詞に、ワルネミュンデは意外そうな表情を浮かべたが、すぐににこやかな顔をして挑戦的な瞳を向けて来た。 外見で騙されない相手らしいと、警戒心を抱いたのかも知れない。 「キミの名前は?」 「知ってどうするのかしら」 「お互いを分かり合うためにはまず名前から。オレはワルネミュンデで、キミは?」 「ウフフ、ふざけた人ね」 「ロキエによく言われるけど、もしかしてキミもロキエと同じ人種?」 「イヤだわ、冗談はよしてくれないかしら」 そう言うと、ロキエが眉をしかめてホノファーナを睨んだ。 「それってどういう意味…?」 「あなたみたいに善人ぶった愚かな単純バカと一緒にされちゃかなわないっていう意味だけど、それが何か?」 「それが何かって……」 ロキエは怒るべきかどうするか混乱している。 ホノファーナの事を勝手にいい人だと思っていた今までの感情と、いまはっきり侮辱されたという思いが、ロキエの中で慌ただしく天秤を交互に傾けているのだろう。 それを完全に無視し、ホノファーナは白々しくワルネミュンデに微笑みかける。 「ところであなたはドラゴンに詳しいのかしら?」 「そりゃ、里育ちだからね」 「ドラゴンの里?」 「一般住宅街よりもう少し山の方。人が住める土地で一番ドラゴンに近い所。小さい頃はドラゴン博士とまで呼ばれてたからね。ドラゴンの洞穴に探検に行ったり。危ないからやめろって言われるほど近づいてたよ。ここのドラゴンのことは世界中でオレが一番詳しいね、きっと」 「じゃあ、私にドラゴンの事を教えてくれないかしら」 情報源を確保しておこうと、ホノファーナは単刀直入に用件を述べる。 ロキエよりワルネミュンデの方が都合がいい。 確かにワルネミュンデの方が曲者ではありそうなのだが、代償を払えばなんでも教えてくれそうな気がする。 ロキエは頭が固そうな上に一緒にいると疲れる。 それは、会ってから今までの短い間で既に証明済みだ。 チラリと目を向けると、まだ色々頭を悩ませている。 それを愚かしく思いながら、ワルネミュンデを促すように顎を外にしゃくる。 「人の多い所がいいわ。こんなのほほんとした所、私、苦手なの。見て分かるでしょ?ごちゃごちゃしたものが好きだって」 ワルネミュンデはわずかに苦笑し、頷く。 「じゃ、ロキエ。署名がんばってね」 にこやかにそう言い残し、ワルネミュンデと共に塔を出た。 「ドラゴンの番人?」 「そう。大昔からドラゴンと共に生きて、唯一ドラゴンに認められてるとかいう種族。ま、自称だけどな。アリスト族っていって、山の中を移動しながら生活してるらしい原始的なヤツらだよ」 観光客でごった返す街中の喫茶店に入り、ワルネミュンデは椅子に座りながらそう言った。 道すがら通り過ぎる人々が二人を振り返ったのは、重そうな宝石類を腐るほど身につけ、若いくせに長い杖を持ったホノファーナの奇妙ないでたちだけが原因ではなく、それよりも、ワルネミュンデの類希なる美貌が人の目を引き付けているのだった。 思わず振り返って確かめたくなるほど、自分の目を疑ってしまうほど、完璧なまでに美しい。 その隣を歩いているホノファーナは、いつものものとはまったく異質な、殺気立った鋭い視線を感じた。 そしてそれは気のせいではなかったと、店に入ってから分かった。 ウェイトレスが水を運んでくるよりも早く、次から次へと女たちが寄ってくる。 甘えた声を出してワルネミュンデにべたべたと引っ付いて来て、それにまたイチイチ答えるものだから、ホノファーナの話は全然進まない。 「そのドラゴンの番人って、ドラゴンを守ってるの?」 「イヤ、守るって言うより…」 「はあい、ワール、お久しぶり。あなたに会いたくてまたこの街に戻って来ちゃったわ」 黒髪の美人が後ろから躊躇なくワルネミュンデの細い肩に抱き付き、その頬に軽くキスしながらホノファーナを牽制するように睨んだ。 「しばらくぶりだね、アンジェ。キミにまた会えて嬉しいよ」 ワルネミュンデはチラリとその横顔を確かめ、調子良く答えながらニコニコと微笑んでキスを返した。 またか、と思いつつホノファーナは頬杖をついてあらぬ方に溜息をつく。 「やっと見つけたわ、5日も前から探してたのよ。あなたがいないドラゴンの里なんて全然面白くないの。5日も私を待ちぼうけさせた罪滅ぼしにこれからどこかに連れてってくれない?」 「キミにだったらいつでも付き合いたいな」 ワルネミュンデが艶やかに笑み、アンジェはうっとりとそれに見とれる。 そして、勝ち誇った目をホノファーナにくれたが、 「でも残念ながら先約があるんだ。また、次の機会に誘ってくれる?」 すげなく断られ、不満気に眉をしかめる。 「えー、そんな…」 「ゴメンな、アンジェ。愛してる…」 その顔でそう言われるとかなわない。 アンジェは頬を染め、ワルネミュンデに両頬にキスしてもらうとおとなしく自分の席に戻っていった。 帰る際、ホノファーナを殺気のこもった瞳で睨んでいくことを忘れない。 ホノファーナが睨まれる理由などどこにもないので、とりあえず睨み返しておくが…。 これで、6人目だ。 「次から次へと…」 軽蔑の眼差しを送りうんざり吐き捨てると、ワルネミュンデは悪びれる風もなく肩を竦めた。 勝手に寄ってくるものは仕方がないと顔に書いてある。 「…サイテーね」 「そお?」 「だいたいあなたいくつ?」 「この間19になったばかりだな」 「19って…。ロキエは26だって言ってたから、あなたの方が7歳も年下なのね。そうは見えなかったけど…。でも、そんなに遊んでばっかりで、何の仕事をしてるのかしら」 「売る仕事」 「なにを?」 「愛を…」 ばかばかしくて吐き気がする。 冷たい目で睨むと、ワルネミュンデは明るい笑顔を作った。 この顔に騙されて寄ってくる女の愚かしさにも嫌悪を感じる。 思いっきり顔をしかめているとふと背後に人の気配を感じ、振り返るとまた女が立っていた。 今までの豪胆で気の強そうな6人とは違って、おどおどした感じの気の弱そうな女。 ワルネミュンデとホノファーナを交互に見ると、顔を赤くして俯き、 「あの…、お水を…」 口を開いてそう言うと、トレイからグラスを二つテーブルに乗せた。 よく見るとこの店の制服を着ていて、ウェイトレスだと分かった。 寄ってくるすべての女がワルネミュンデ目当てだと思ってしまうような状況が続いていたので、勘違いしてしまったらしいと思ったが、 「やぁ、ネービュ。元気?」 ワルネミュンデはそう言ってウェイトレスの手を取る。 純朴そうなそのウェイトレスはおどおどとうろたえ、どうしていいか分からずに俯いた。 「紹介するよ、ホノファーナ。オレの恋人のネービュ」 「……恋人?」 「そう。愛してるヒト」 アンジェにもそう言っていたが、こう特別扱いをして紹介までしてくれるのだから、他の6人とは違うのだろう。 「……ワール」 ネービュは嬉しそうに赤い顔を更に紅潮させ恥ずかしそうに手を引っ込めると、逃げるように厨房へ戻っていった。 その後ろ姿をニコニコと見つめ、振り返ったネービュと目を合わせると手を振った。 ネービュは小さく頷き、俯く。 「…意外にあんな純情そうなのが好きなのかしら、あなた」 皮肉っぽく言うと、ワルネミュンデは緑の瞳を面白そうに笑ませた。 「興味ある?オレがどんなコが好みなのか」 「あるように見えるんだったら、あなた、眼科にかかった方がいいわ。もしくは脳外科か精神科ね。どこか腐食してるかもしれないわよ」 ニコリと微笑むと、ワルネミュンデも同じようにした。 「キミも神経科に行って、その意志とは裏腹に作動する顔の神経を直してもらったら?」 「あなたに心配されるってコトは私はまともだって証明されたようなものね。異常なヒトから見て異常ってコトは異常ないってコトだわ」 「妙なへ理屈を言うね。きっと根性がネジ繰り曲がってる証拠だな。知り合いの医者を紹介しようか?」 「あなたがかかってる医者なら私には無縁だわ。早く病気を治してもらいなさいね。それともものすごい難病なんで医者もさじを投げちゃったのかしら」 「女医だからね、いつまでたっても完治したといってくれなくて困ってるよ。なかなか離してもらえなくて…。毎週通う羽目になるんだ」 途中でネービュが注文を取りにきたり料理を運んできたりして一時中断しながらも、二人はこの調子で延々続けていたが、しばらくしてホノファーナの顔が引きつってくる。 何を言っても軽く返されて嫌というほどお釣が返ってくるし、この不毛な状況にもそろそろ飽きてきた。 「ウフフ、まったくふざけたヒトね、あなたは」 「キミこそな。オレに協力を求めてきたくせによくぞそこまで言えるもんだと感心するね」 「こんなに会話が弾むなんて私たち気が合うのかしら」 「やっぱりオレの嗅覚は正しかったってコトだろ」 二人とも、すっかり冷めきった紅茶で喉を潤す。 顔は笑っているが目は笑っていない。 言い負かして従わせるという事はできないようだとここでやっと踏ん切りをつけ、ホノファーナは目を伏せて大きく溜息をついた。 屈辱を感じつつも肩を落として仕方なく、素直に口を開く。 「……ドラゴンのコトを訊きたかったのよ、私は」 「他愛もない会話はまた今度って事で、本題にいく?オレもキミにさいてあげられる時間がそう多いわけでもないし。ま、午前中にオレに会えたコトはキミにとって幸運だったな」 「もう、午後になってるわよ」 「そんな責めるような目をされても困るな」 作り笑いを浮かべ、ワルネミュンデはサンドイッチを一つ取り、口に運ぶ。 ホノファーナは当店自慢のドラゴンステーキに手をつけるが、これもすっかり冷めている。 「よく、昼からそんな肉の塊なんて食べる気になるな」 「あなたこそそんな野菜ばっかりのサンドイッチに更にサラダなんて、よくそれでエネルギーが持つわね」 「いつもそんな食事?その割に痩せてるな。よっぽど効率のいい燃焼をしてるんだろ」 ホノファーナの使う魔術の特質上よく食べるのにはそれなりに理由があるのだが、色々問題があるので黙って屈辱に耐えた。 内心ムカムカしながら、本題に戻す。 「ドラゴンに近付くには、やっぱりあの保護団体本部の人間が見張ってる道しかないのかしら」 「いくつか知ってるけど…。ロキエたちの知らない所も知ってる」 「ロキエはあの道がドラゴンに近付く唯一の道って言ったわ」 「一応そういうことにしてるんだ、ヤツは。あれでもドラゴン保護団体の隊長だからね。観光客にもあの道を通らないとドラゴンに近付けないと思わせようとしてるんだ」 「生意気に姑息なテを使うわね」 ホノファーナが思ったより少しは頭を使っているのかもしれないが、あの単純バカにはめられていたのかと思うと気分が悪い。 絶対に負けられないという妙な対抗意識が芽生える。 「ロキエに見付からない道に連れていってもらえるかしら」 赤い瞳を真剣にさせたのだが、ワルネミュンデは不真面目に口角をあげると、 「実はオレ、本業があってね」 「愛を売るのは副業?」 「本業はガイドなんだ」 「私に案内料を払えって言ってるように聞こえるわ」 「耳だけは正常なようだな」 ホノファーナの頬を引きつらせておいて、ワルネミュンデは肩を竦めた。 「とりあえず、先に案内するから。お代はあとででいいよ」 「……まあ、いいわ、安い宝石なら売ってあげる」 さっき不毛な会話で時間を無駄にしたぶん、さっさと食事を終わらせて席を立つと、ワルネミュンデは今からドラゴン・ロードに行こうと提案してきた。 ホノファーナとしてもドラゴン以外に用はないので、即座にそれに賛同した。 長い杖を右手に持ち、じゃらじゃらと音を立てて歩くホノファーナより、ワルネミュンデの方が注目を集めているコトに気付く。 何人もが、その美貌に感嘆の溜息をつく。 そして人目を集めたワルネミュンデはそのまま金を出さずにレジの前を通過しようとした。 慌ててその腕を掴むと、ホノファーナはそのきれいな顔を睨む。 「ここはあなたのおごりでしょ?」 「え?」 ひどく意外そうに聞き返され、呆れた顔を作る。 「昼食代金くらいバーンと払いなさいよ」 「財布なんて持ち歩いてないんだけど、オレ」 「当然のように言わないでくれるかしら。悪いけど私も今は所持金ゼロよ」 「無銭飲食するつもりだったのか、ホノファーナ」 「あなたが払うと思ってただけよ」 「そう言われてもオレだって、キミが…」 レジ前で言い合っている横から、頬をほんのり朱に染めた女がワルネミュンデに声をかけてニコリと微笑んだ。 「あの、よろしければ…」 ワルネミュンデより年下のようだったが、手にはお札を握っている。 「差し出がましいとも思ったんですが、あたしが払いましょうか?」 言いながらワルネミュンデに見とれている。 バカじゃないの? と思ったが、金を持たないホノファーナはぐっと我慢して口を噤んだ。 ワルネミュンデはその女にニコリと極上の笑みを向け、フッと目元を和ませるとその手を取った。 「ありがとう、優しいヒト。いつかお礼はさせてもらうよ。キミの名前は?」 「エリザ」 「いい響きだ、エリザ。このコトは忘れないよ」 握った手の甲にキスして艶やかに微笑むと、エリザはそれに酔ったように目元を赤くする。 「いつまでこの街にいるんだ?」 「明後日…」 「じゃ、明日の夜、またここで会える?」 ホノファーナが呆れて溜息をつきながらちらりと厨房の方を見ると、ネービュが哀しそうな顔でワルネミュンデを見つめていた。 他の女に色目を使っている恋人を今にも泣きそうな顔で、何も言えないでただ見つめるだけ。 文句の一つも言えない気弱なネービュを憐れに思う一方、愚かしくも思う。 そして、ワルネミュンデは放っておいて一足先に店の外に出た。 メインストリートは相変わらず観光客でごった返していて、ホノファーナの姿を見た人は訝しげに眉をしかめた。 それをまったく気にせず道の脇に立っていると、店からワルネミュンデとエリザが出て来たのが目に入った。 店の前で人の注目を集めながら、両頬にキスし名残惜しそうに離れる。 ワルネミュンデの女ったらしぶりにはほとほと呆れ、ロキエのあの態度も分からないではないかなと少しだけ同意する。 それにしても、ワルネミュンデの美貌は絶世だ。 身体中から色香を漂わせてホノファーナに寄ってくる品のある優雅な物腰。 誰もが、見とれる。 「じゃ。行こうか」 顔だけの微笑みを作ったホノファーナに、ワルネミュンデは何事も無かったように声をかける。 それに一層呆れてしまう。 「…あれを愛を売ってるというのかしら、あなたは」 「ん?」 「いつもあんな風にお金を使わず食事をしたりしてるんでしょうね」 「イヤ。いつもは一緒に食事した人が払ってくれるんだけどね。こんなコトは初めてだよ」 「勝手に当てにされても困るわ。結局あなた、見ず知らずのコに払わせておいて何の代償も払ってないでしょ。愛だって一方的にもらってるようにしか見えなかったわ。で、今までもこれからも何も払うつもりがないんだったらその分、私に払いなさい」 「オレの愛が欲しい?」 「ウフフ、ふざけるのはやめてもらいたいわ、ワルネミュンデ。ただで案内しろって言ってるの、私は」 「初めて名前を呼んでくれたな、ホノファーナ。でも、ワールでいいよ、親しみを込めて」 ニコニコと緑の瞳を白々しく笑ませる。 ホノファーナも赤い瞳で微笑みを返す。 蹴り倒して杖で殴ってやろうかと考えた時、 「ワール」 甘えた声でそう呼んだのはホノファーナではなく、後ろから歩いて来た女だった。 長い前髪を左で分けているしたたかそうな美人は、両手に大きな袋を抱えていた。 また睨まれるのだろうと予期して振り返ったホノファーナに、ニコリと微笑みを向ける。 「ツルア」 ワルネミュンデが親しげに呼びかけると、美女はホノファーナを見て明るい笑顔を作った。 「ワール、相変わらずね」 相変わらず違った女のコを連れ歩いている、という意味らしいが、笑顔で言う台詞ではない。 「キミも相変わらず働き者だな」 大きな袋を代わって持ってやろうとしたが、結構よ、と断られる。 「あ、紹介するよ、ホノファーナ。オレの恋人のツルア」 思わず、眉をしかめてしまう。 「…さっきも聞いたような台詞ね。名前の所は違うようだけど」 「さっきのはネービュだろ」 ツルアがいるにも関わらず躊躇なくサラリと言ってしまったが、怒ると思ったツルアはあっさり、 「あら、ネービュともまだ付き合ってたの?」 承知の事実らしい。 ワルネミュンデと並んで歩いていたホノファーナにも寛大だったし、ツルアの性格が少し読めたような気がした。 ツルアは大通り公園の左の方にある土産物屋の店員らしく、その用の途中で見かけたから声をかけてみただけで今は仕事の途中だからとさっさと戻っていった。 「……サイテーね」 「恋人が一人じゃないから?」 「その言い方、二人でもないように聞こえるわ」 「どうだろうな」 笑顔は崩さない。 平気な顔で人道にもとる事を言っている。 呆れて溜息をつき、冷たい目で微笑む。 「これ以上あなたの私生活に口を出す気はないわ。そんな気も起こらないって言う方があってるけど…。それにあなたの大人気ぶりを見せ付けられるのにも飽きたわ。さっさとロキエに見つからずにドラゴンに近付ける道を教えてくれればいいから」 「ドラゴンに近付く時、問題はロキエより番人なんだけどな」 「ああ、番人なんてのがいるんだったわね。ドラゴンを守ってるんじゃないって言ってたけど、じゃあ何なの?」 「大昔からドラゴンと戦ってるヤツら。勝手にドラゴンをライバルにしてるけど、相手は獣だから番人も他のヤツらも人間にはかわりないのに、自分達だけがドラゴンに戦いを挑む権利があるとか言って、許可証を持った狩猟者も密猟者も認めないんだ」 「ドラゴンを狩るには許可証がいるのね」 杖を持ったまま腕を組み納得するように頷くと、ワルネミュンデは少し沈黙を作った。 少し考えながら頬をかき、ためらいがちに口を開く。 「…もしかしてとは思ってたけど、ホノファーナ。ドラゴンを狩る気?一人で?」 「私はあなたの私生活に口を出さない。あなたは私の行動に口を出さない。お互いに、干渉しない。あなたは情報だけくれればいいの。余計な口出しは無用よ」 「イヤ、どうしてもって言うんなら止めはしないけど無謀だな。相当腕のいい魔術師だって事はなんとなく分かるけど、ドラゴンはちょっと…。見たことないだろ」 「ないわ」 ワルネミュンデの消極的な言葉に苛つきながらそう答えると、ドラゴンの通った跡を見てから決めろと言われた。 それだけでも、その凄まじさが分かると。 ワルネミュンデは真面目に厳しい表情なので、無知モノの戯言だと思われている感じがしてホノファーナは非常に不愉快だった。 ドラゴンを倒す自信はある。 ホノファーナは天才だ。 あの伝説のレジア族の中でも、千年に一人の才能だと称えられていた。 かなわない筈がない。 ここで止まっているわけにはいかないのだ。 ロキエは塔の三階の休憩室で休みながら、向かいに座っている男に愚痴をこぼす。 ホノファーナとワルネミュンデのことで相当頭に血が上っているらしく、時たま机を叩きながら声を荒げていた。 「休みたいって言うから人がせっかく親切にここまで案内してやったのに、何なんだよ、あのオンナっ。あー、腹が立つ。善人ぶった愚かな単純バカで悪かったなっ」 「お前、初対面の女にそんな事言われたのか?」 「身体中に貴金属をつけた派手で頭のおかしな女だったんだっ」 おかしそうにふきだされて反論すると、男は納得したように頷いた。 「その女ならオレも見た。長い杖を持った髪の長いヤツだろ?首から腕から、しまいには足首までに宝石を飾ってる女。かなり目立ってたぜ、あの格好。重そうなくらいごちゃごちゃ飾ってたよなー」 思い出してか、少しうんざりした顔をする。 「協力的に署名したり、ヒトの話に素直に頷いてたり…、おとなしそうにしてたのは演技だったんだ、まったく…。本性を隠して、外見で人を騙すなってんだ」 忌々しげに言い捨てるロキエに、初対面の相手に甘すぎるのだと思いながら、肩を竦めて苦笑する。 「ワルネミュンデで懲りたと思ってたけどな」 どういうわけかロキエはいつも親切心を逆手に取るような相手ばかりに引っかかって損ばかりしている。 人がいいとは到底言えないような人間にばかり声を掛けてしまう。 いい加減学習しているだろうが、それでも懲りずに騙され続ける。 間抜けというか進歩がないというか…、『単純』なのだろう。 善人ぶっているとも、バカとも思わないが、くじ運は悪いと思う。 「アイツはこの世でも特殊な例外の筈だったんだ。あんなヤツが他にごろごろいてたまるか。…昔は、かわいいヤツだったのに。どこでどう間違ったのやら…」 「弟みたいにかわいがってたよな、お前。ヤツも懐いてたし。…今でも懐いてるように見えなくもないけど」 「それが今では…。あのオンナも、せっかくかばってやったのに自らワルネミュンデの毒牙にかかりにいきやがって、後で泣いても知らないぞ、まったく…」 「腹が立つとか言いながら心配してんのか、お前は」 「違うっ。ワルネミュンデをあれ以上いい気にさせられないってだけだっ。女に不真面目すぎるんだアイツは」 「あっそう。ま、大丈夫だろ。ワルネミュンデはこの街に住む女しか相手にしないから。ああ見えて意外と嫉妬深いし。まあ、こんなコト言わなくても、お前の方がワルネミュンデに関しては詳しいだろうけど」 「…あんなヤツの事に詳しくても嬉しくない」 くちごもり思い切りイヤな顔をしながら立ち上がると、壁に立てかけてあった剣を取る。 長身に合った重そうな超長剣。 軽々と右手で一振りし、腰に差すとムシャクシャしたものを払うように息を吐く。 窓から見た木々の深い山は、濃い緑色に光っていた。 「あーっ!人を小バカにしやがって、ホンット、頭にくるっ。気分転換に見回り、行くぞ!」 そう周りにいる仲間たちに声をかけ、男の腕を掴んでドスドスと階段を降りる。 抗議の言葉は聞こえていたが、無視して歩いた。 その後を10歳から30歳の男達がついてきて、ロキエはぞろぞろと二十数名を引き連れ、山の中にあるドラゴン・ロードへ向かった。 陽が傾き始めた頃。 緩やかに傾斜する石ころの多い舗装道路を歩きながら、ホノファーナは一面に広がる廃虚を何の感慨もなく見つめた。 街からそう遠くない森の入り口。 人が住まなくなった状態のまま、その街は存在していた。 山の中腹部にある、森に囲まれた旧市街。 全壊して瓦礫と化した家並みが遥か向こうまで続き、その上を大きな足型らしきものがはっきりと目に見える。 粉々になって崩れ落ちた家の壁は黒く焦げつき、乾いた塵が風に吹かれて足元を舞う。 ホノファーナの身長ほどもある足跡は山の中まで続いている。 それから想像できるドラゴンの全貌はかなり大きいが、予想の範囲を超えてはいない。 それどころかホノファーナは、このくらいなら自分にでもできるとさえ思っていた。 「酷い有り様ね」 抑揚なくそう呟く。 「10年前までは人が住んでたなんて信じられないだろ?」 「でも、このくらいなら倒しがいもあるわ」 ホノファーナのその言葉に、ワルネミュンデは呆れた笑みを浮かべる。 「余裕だな、ホノファーナ」 どういう気でいるのか知らないが、隣を歩く少女は目の前の惨状を見ても動揺の色一つ見せない。 ドラゴンの大きさが分からない筈はないのに、その口元は微笑みさえ浮かべ、瓦礫の山に足をかけようとしていた。 「あ、そこ、登らない方がいいよ」 理由を問うように振り返ったホノファーナに、 「下に人が埋まってるから」 「…埋葬しなさいよ」 「この街ごと墓代わりになってるんだよ。少し高くなった瓦礫の下にはたいてい人が埋まってる」 「人が建物の下敷きになってたら普通は助けるんじゃないのかしら」 「あまりにも強大なドラゴンに襲われて、みんな自分が逃げるのに必死だったんだよ。周りじゅう火の海で、まあ、それはすごい光景だったな。地獄絵図って言うか」 「あなたも、ここに住んでたわけ?」 「そう。あっちのでっかい建物の下に、家族が埋まってるよ。この辺は乾燥してて、もう骨か石か分からないから、このままにしてる」 あっさりと、傷心の呈も見せずにそう言った。 過ぎた事、昔の事だと、既に割り切っているようだった。 「今の街壁が壊されてるのもこの時の教訓だよ。貴族も平民も関係なくみんな我先に出ようとして、東西南北に4つしかない街門に人が一斉に詰め掛け、押し合い圧し合い、倒れた人は踏まれ死に」 「あなた、当時10歳の子供でしょ?鮮明に記憶に残ってるものなのかしら」 「忘れられないな。トラウマって感じ」 「…そうは見えないわ、あなた。すっごく人生楽しんでるようだし」 「ま、この先何があるか分からないしね」 艶やかに微笑む。 その笑顔は、感情を読ませない仮面のような気もしたが、深くは追求しない事にした。 嘘を嘘だと見破ると、本物を探さなくてはならなくなる。 そうするつもりは、ホノファーナの中にはない。 可哀相なワルネミュンデの同情すべき過去にも興味はない。 ドラゴンの里にやってきた理由は、年齢の高いドラゴンを倒しその腹から宝玉を奪う事だけ。 他の用などない。 瓦礫の町を見回して、腕組する。 「ここを襲ったドラゴンの大きさと重さ、それに火を吹くコトが分かったわ。ただの剣士や魔術師じゃ何人がかりでだって倒せそうにないわね。まあ、それだからこそ価値もあるってものよ」 「キミはただの魔術師じゃないのか」 そう訊かれてホノファーナはニコリと目を細めるが、赤い瞳は憤りに満ちている。 レジア一族は幻の古代魔術を使う今では伝説となっている存在で、ホノファーナはその中でも生え抜きの純粋な血筋であり、族長の力を10歳で凌駕したという才能の持ち主。 一族の崇拝にすらに値する大天才。 人と同列に並ばない、格上の魔術師。 それをただの人間の魔術師と一緒にされるとなると黙ってはいられない。 はっきり言って、侮辱に聞こえる。 「そこいらのヘボいのと一緒にされるのは非常に不愉快だわ」 「だからって、一人でドラゴンを倒すって言うのはかなり酔狂だな。一人で向かっていくのはかまわないけど、オレを巻き込まないで欲しいよ」 「別にあなたに手伝えなんて言わないから安心しなさい。どうせ役にも立たないだろうし。ドラゴンのいる洞穴まで私が行き着けるように道を教えてくれればいいのよ。後は一人でやるから」 「幼生ならともかく、普通は幼獣でさえ5人がかりで生け捕るんだけど。幼獣だってトラよりはるかに強いわけだしね」 「幼獣?バカバカしい…」 ドラゴンの宝玉はそのドラゴンが老齢であれば老齢であるほど価値がある。 レジアの族長が300年以上生きたドラゴンの宝玉を持っているなら、ホノファーナはそれ以上のものを持っていないと気が済まない。 100年以下の幼獣など、眼中にない。 ホノファーナには、自分がレジア一族の中でも特異な才能の持ち主であるという事に自負があり、人と同じ事を人と同じようにするのには抵抗がある。 他人にできない事でも、ホノファーナにはできる。 例えば、老いたドラゴンを一人で倒す事。 誰も、手が出せなかった大事をこの手で成し遂げるのだ。 英雄伝承や神話の中にしか書かれていない事。 老ドラゴンを倒す事は、まず、その第一歩。 手始め。 ただの、腕試し。 それを失敗する筈がない。 誰もが恐れる強大な力をこの手でねじ伏せる。 「だいたい生きてなくたっていいのよ。用があるのはお腹の中の宝玉だけなんだから」 「ドラゴンを殺すと、本気で怒るんだよなー、ロキエ」 「あなた、もしかして、ロキエが怖いのかしら?」 嘲る瞳をワルネミュンデに向けた時、ガサリと草を分ける音がして木の上に少年達が現れるのが目に入る。 総勢12名の陽に焼けた浅黒い肌をした身軽そうな痩身が木々の枝の間から二人を見下ろす。 その様子はホノファーナに、故郷の森に住むサルの一家を連想させ、思わず鼻で笑ってしまい、少年達は怪訝そうに眉を歪めた。 殺気立ったそれぞれが攻撃の指示を促すように見た手前の少年がリーダーらしく、手には変わった形の長剣を持ち、首にドラゴンの牙から作ったらしい飾りをつけている。 身長の低い、少女のような顔をしているその少年は、周りの少年達を軽くなだめると金色の鋭い瞳で二人を睨みつけてきた。 「我らが竜族の聖域を汚すはお前達か。我が名は、リドラエル=リウ=ラ=アリスト、竜族の若長である。今すぐにこの場を立ち去るがよい。さすれば此度だけは見逃してやる」 これがドラゴンの番人だというアリスト族なのだろうとは分かったが、ホノファーナは思わず眉をひそめてしまう。 厳格な口調だが、それはまるっきり子供の声だ。 「ここはキミ達の生息域じゃないだろ?キミの座ってる木はこっちの土地に生えてる。オレ達はそっちの森には入ってないんだから、キミ達のほうが侵入者になるよな、リドラエル」 「馴れ馴れしく我が名を呼ぶな、下賎の者め。屁理屈をこねず、早々に立ち去れ」 それに合わせて周りの少年達も、ナワバリを侵されたサルのように騒ぐ。 「ウフフ、生意気な子供ね。いいわよ、ここを立ち去るくらいしてあげても」 内心冷め切って侮蔑の目を向けているのだが、顔だけはニコリと微笑んで見せる。 「でも、その前に、あなたたち、ここに降りてきなさい。私たちと同じ高さに降りてきたろどう?侵入者にそんな所から見下ろされてるのはいい気分じゃないわ。先に、ここに降りてきて謝罪しなさい」 「……なんだと?」 リドラエルの眉がピクリと跳ね上がるのを見て、ホノファーナは満足げに口角をあげると、きりりと目を吊り上げ毅然とした口調で言い放つ。 「その気がないのならあなたたちの方がここを立ち去りなさい。子供の戯れ言に付き合ってるほど暇じゃないのよ」 「貴様、我ら誇り高き竜族を愚弄する気か」 「自分が間違った事をしていたのだと素直に認めて謝罪するのは人として当然の事だわ。そんなコトもできないでドラゴンに認められてるなんて言うの?笑い話にもならないわね。怖くて私と同じ高さに降りてこれないくせに、何が、リュウ族の誇りよ。団体で群れてても私に近付けないんでしょ?そんなヤツらが私に命令する資格なんてないわ」 「黙れ!貴様に侮辱されるいわれはない!」 「あら、存外気が短いのね。こらえ性がないのは威厳にかけるわ。何がドラゴンに認められた種族なのかしら。もし本当ににそうなのだとしたらドラゴンも相当に人がいいわね。さすが長く生きてるだけのコトはあるわ」 「バカにするな!」 「ウフフ、愉快なガキね。あなたを見てるとドラゴンに同情したくなるわ。こんなのに昔っからちょろちょろと付きまとわれてるなんて、どれほど疎ましい事か想像もできないわ」 「つけあがりおって…!許さぬっ!」 叫ぶなり、リドラエルは長剣を振りかざし、木の上からホノファーナに飛び掛かる。 予想通りのその行動に、ホノファーナは右手に持った長い杖を向け、素早く左手で首にかけた宝石の一つをちぎり取る。 「集いし風の結晶、我の声に応え、木の葉を散らす風となれ」 ホノファーナの言葉と共に杖から突風が吹き付け、目を細めながらリドラエルは狙っていた場所よりもずいぶん前の方に着地する。 「…っ!」 すぐさま体勢を立て直し、後ろに飛び退ると舌打ちして剣を構え直す。 木から降りて来た少年達にさがるように目で指示し、左手で灰のようなものを撒くホノファーナに対峙する。 「貴様、魔術師か」 「見れば分かるでしょ?」 ニッと口角をあげると、杖の先をリドラエルの顔面に向ける。 「あなたが誇り高きリュウ族というのなら、私にもそれらしい肩書きはあるわよ。ただ、私はそれ以上に私という人間に誇りを持ってるから、それは使わないけれどね」 「魔術師ごときが…」 「ごときって…。それにかないそうもない自分がかわいそうになるからその言い方はやめた方がいいんじゃないかしら、あなた自身のために」 「フン。この魔術を無効にする竜爪を目の前にして、その口の利き様は無謀であるぞ、オンナ。が、しかし、貴様の相手だけしているわけにもいかぬ。此度はその魔力に免じて逃してやろう」 「それはありがたい事ね。私もあなたくらいの相手じゃ物足りなくてつまらないと思っていた所だし」 「名を名乗れ、無礼者。礼儀であるぞ」 「ホノファーナ=シ=チ=レーン=レジア」 「留め置く」 自分の頭を指差しそう言い残すと、リドラエルは少年達を引き連れ森の中に消えた。 その後ろ姿を冷たい眼差しで見送り、ホノファーナは杖を一振りして埃を払う。 重量の有りそうな杖を片手で軽々と扱うホノファーナに、ワルネミュンデは軽く手を叩く。 「見事な杖捌きだな、ホノファーナ」 馬鹿にしたような感心したような口調が気に入らなくて、ホノファーナは皮肉っぽく口を歪める。 「あれが、アリスト族?」 「そう。リドラエルは逃げていったんだと思うよ。何しろ、ドラゴン・ネイル…、あの剣をまだ使いこなせてないようだからね」 「ロキエたちはよっぽど弱いのかしら?あなた、ロキエよりアリストの方が問題だっていってたわ」 「地の利と、人数の問題でね」 「態度の問題でしょ?こちらの気分を害するにはもってこいだわ」 ホノファーナの気が相当立っているらしいのがおかしくて、ワルネミュンデは苦笑する。 余裕ありげに答えてはいたが、屈辱に肩を怒らせていたのは後ろから見て分かっていた。 「キミの使う魔術って、あんまりポピュラーなものじゃないみたいだな。精霊魔術でもないようだし、黒魔術でもなさそうだったけど」 「魔術にも色々あるのよ」 「宝石が灰になってただろ?宝石の力を借りる魔術の様式なんて聞いたことがないし、かなり特殊なモノだろ。だから、そんなに大量の宝石を身につけてるわけだ、キミは」 「…魔術に詳しいの?」 ホノファーナが警戒するような目を向けると、ワルネミュンデはとんでもないと首を横に振った。 「魔術関係に詳しい知り合いがいただけだよ」 「女の人なんでしょうね」 「どうだろうね」 空嘯き、艶やかに微笑んで見せる。 誰もが、陶然としてしまうような美貌。 完璧に作られた、失敗のない完成品。 それがホノファーナには気に入らなかった。 癇に障るというか、妬心に似ているかもしれない。 それはワルネミュンデの美貌そのものに対するものでなく、その完璧な美貌をちゃんとコントロールできている所、利用して使いこなしている所。 あるものをあるべきように使っている事が、なんとなく羨ましくもあり、憎たらしくもある。 そのことを意識下で感じてはいるが、頭ではよく分かってはおらず、なんとなくソリが合わないという印象だった。 「キミはよほどの金持ちなんだろうね。魔術を使うたびに宝石を灰に変えるんだから」 「今のは宝石と呼べないくらい質の悪い物よ。単なる石だわ」 「そう?質の善し悪しで使える魔術も違ってくるんだろうな、きっと。それにしても、宝石に魔力が宿ってるとは知らなかったな。それとも、キミの宝石は特別仕立てなのか?」 ホノファーナを苛つかせる白々しい笑みを浮かべた緑の瞳を蔑むような冷たい目で見つめ、溜息をつく。 「魔術師が自分の魔術について語らないっていう常識をあなたは知らないのかしら」 「それは知らなかったな。あいにくと、詳しくないもんで」 そういうワルネミュンデを睨み、ホノファーナは再度溜息をついた。 |