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第二章 一般にドラゴンは夜行性だと思われているが、ドラゴンを捕まえる事を職業にしている人間の間では、そうでない事は常識だという。 ドラゴンの睡眠は不規則で、人間の時間帯に合わせて寝たり起きたりしない。 何年も眠りに就いているものもいれば、何十年も目を開けたままのものもいる。 とにかくその眠りと活動時間の振幅は決まっていないらしい。 ただ、ここに棲むドラゴンを捕まえるなら早朝の方がいいだろうというのが、ワルネミュンデの長年の個人的観測による確かな意見であるという。 というのも、ドラゴンの番人アリスト族が夜行性なのだ。 昼は許可証を持った狩猟者達が森に入っている上、ロキエたち保護団体が見張りを立てているので、たいていの密猟者は夜に行動を起こす。 夜行性のアリスト族はそれを夜じゅう追い回し、早朝には疲れて眠ってしまうらしい。 保護団体もいなくてアリスト族も眠ってしまう早朝は、見張りが手薄になるのだという。 それに従い、ホノファーナは明日の早朝に出かけると決め、今日は宿に帰って明日に備え早々に眠る事にした。 既に陽は傾き始め、赤い夕陽が染め上げた真っ赤な瓦礫の歩道を歩きながら、二人は明日のための打ち合わせをしていた。 その途中、会いたくない人間に出会ってしまった。 他に5人を連れ立って、ドラゴン・ロードを見回りにきたらしいロキエだった。 二十数人を何人かずついくつかのグループに分け、毎日見回りをしているらしい。 「なんだ、親友、奇遇だな、こんな所で会うなんて。お前も散歩か?やっぱり長年付き合ってると思考が似てくるのかもしれないな」 ワルネミュンデが気安くそう声をかけると、ロキエはイヤそうに眉を歪めた。 「…貴様と思考が似ててたまるか、色情狂め。なんでこんな所にいるんだ。ここは一般人出入り禁止地帯だ。さっさと街へ帰れ」 「親の墓参りに来た十年来の友人に言う言葉か?」 「お前は特別扱いだ。オレの脳内のブラックリスト入りしてるのは、密猟者以外ではお前だけだからな」 「へー、ロキエって、オレだけ特別扱いなんだ。特別な感情でも沸いてんの?」 「貴様の頭にはウジがわいとるだろーがっ」 「冷たいな。一緒に過ごした懐かしい日々を忘れたのか?」 「…きれいさっぱり忘れた。お前に食い物を分けてやった事も、お前をかばっておふくろに殴られた事も、きれいさっぱり忘れてやった。だからお前も忘れろ。無かった事にして封印してしまえ」 「そんなコトあったっけ?」 「貴様と言う奴は…っ」 一瞬怒りかけたが、ハッと我に返りなんとか一人で自分をなだめすかして落ち着くと、大きく息を吸って深呼吸する。 そしてじっと訝しげに二人を見つめる。 「ホノファーナまで一緒とは…」 嘆かわしげに目を閉じてそう呟き、大きく息を吐いて首を振ったが、すぐに気を取り直して顔を上げる。 ロキエと目が合い、ホノファーナは白々しく微笑む。 「署名はたまったかしら、ロキエ」 「おかげさんでね、ホノファーナ」 「そう、よかったわね。それじゃ、私はこれで」 それだけ言って微笑みを残し、ホノファーナは街へ向かって歩き出す。 「じゃ、オレもこれで。見回りがんばれよ、親友」 「さっさと、行ってしまえ」 肩に置かれたワルネミュンデの手を払いのけ、ロキエはハエを払うように手を振る。 他の5人にも軽く声をかけながら、ワルネミュンデは去って行った。 「いつものコトながら、ワルネミュンデって種類を選ばず、女好きだよな」 呆れ返ってそう言った少年に、ロキエは真面目な目を向ける。 鋭い眼光に睨まれ、少年はくちごもり愛想笑いを浮かべて黙り込むが、 「後をつけてくれ、ディオ。密猟者かもしれない」 「へ?」 「密猟者組織の一員って事もある。女好きのワルネミュンデに取り入って、とか。ヤツがドラゴンの事に詳しいだろう事は経歴を調べれば予想できる」 「で、あのオンナの方をつけろと?」 「ホノファーナ=シ=チ=レーン=レジアだ。オレの勘が正しければ、あの女には何かある。ドラゴンにとっての敵は、オレ達の敵だ」 「まあ、用心にこした事はない。あのオンナを見張ってればいいんだな?」 「そうだ。お前、尾行はお手の物だろ?」 「ああ。まかせろ」 自信たっぷりに言い切り、ディオは瓦礫の中を走っていった。 空には月と星が浮かび、街には街灯が燈る。 街は、昼とは違った雰囲気でにぎわいを残していた。 酒場に明りがつき、カジノは白熱した熱気で溢れる。 その中でもまた、ワルネミュンデの美貌とホノファーナの奇妙な服装は人々の視線を集めていたが、二人ともまったく気にしていなかった。 「仕事らしいわよ、ロキエは」 「オレも仕事だろ?」 「報酬の払われないのを仕事とは言わないのよ。あなたは親切で、私の頼みを聞いてくれてるんでしょ?」 ニコリと微笑むと、ニコリと微笑みが返される。 「まだ、言ってない情報がたくさんあるんだよな」 「ウフフ、抜け目がないのね、ワルネミュンデ」 「ワールでいいってば」 「恋人たちにそう呼んでもらいなさいね。何人いるのか知らないけど」 嫌味っぽく言ったのだが、ワルネミュンデは平気な顔だった。 顔色一つ変えないのはなぜなのか、ホノファーナには理解し難い。 人の嫌がるツボをついているつもりなのに、どうもワルネミュンデはイヤではないらしい。 焦ったり困ったりという顔どころか、笑みの他はまだ見ていない。 ふと、焦ったり困ったりという顔ばかりしていた人物の事が懐かしく頭に浮かび、自然と口元に笑みが浮かぶ。 ワルネミュンデと同じ美しい淡い色の金髪だが、性格は正反対のような気がする。 何を言っても動揺し、何にでも真面目に応える。 小さい頃はホノファーナに苛められて泣いてばかりだったくせに、いつまでも後について来る。 それでも、二人は周りから見ると仲がよかったらしい。 今もどこかで焦ったり困ったりしているのだろうと思いながら歩いていると、街で一番の高級ホテルが目に入ってきた。 いつまでも付いてくるワルネミュンデを疎ましく思い、立ち止まって睨む。 「あなたの事だから、何かお約束があるんじゃないのかしら。私もいつまでもついてこられても困るんだけど」 「方向が一緒なだけだろ」 「…なら、仕方ないわね」 そしてしばらく歩き、ホテルの玄関が目の前に迫ってきても、ワルネミュンデはホノファーナの隣を歩いている。 門をくぐりロビーに入ってもまだいるワルネミュンデに、ホノファーナは底冷えするような冷たい目を向ける。 「このホテルに用があるんじゃないでしょうね」 「ご名答」 「私はあなたなんかに用はないわよ」 「残念ながら、オレもキミに用があるわけじゃない」 口に笑みを浮かべ、勘違いしないでもらいたいとでも言いたげな視線をよこしてから、ワルネミュンデはロビーを見回す。 と、ロビーの端から、豪華なドレスに身を包んだ妖艶な女が近付いてくるのが見えた。 よく見ると、化粧の濃いその女は、子供が二人くらいいてもおかしくない年齢のようだった。 ホノファーナの母とそう年齢は違わない女が、ワルネミュンデの待ち人なのだろうかと思って見ていると、優雅な足取りでワルネミュンデの側に来て、敵意むき出しの目をホノファーナに向けた後、しなりとワルネミュンデに寄りかかり、その秀麗な顔を見上げながら艶然と微笑んだ。 「ワール。ずいぶんと約束の時間より遅かったわね」 「すいません、マダム。急な仕事を依頼されまして」 ハスキーなくせに甘ったるい声に上品に応えながら、ワルネミュンデはホノファーナに目を向けた。 今までと態度を改め、どこかの王族か何かの血を引いているような気品を身体中から溢れさせている。 今までも品があったが、更に、王族貴族を騙せそうなほど上品になっている。 誰もが心から酔い痴れてしまいそうな優しげな柔らかい笑みを浮かべると、ホノファーナにまた、今日何度目かの恋人の紹介をはじめた。 「こちらが、私の愛する婦人、ミランダ=ナトゥール伯爵婦人です、ホノファーナさん」 「あら…」 「では、失礼。二人の時間を大切にしたいので…。さ、行きましょう、マダム」 「ワール、いいのよ。ミランダと呼んでちょうだい」 「ええ、ミランダ」 紹介をあっさりと終えホノファーナの言葉を遮ると、ワルネミュンデはミランダを連れてそそくさとホテルのバーの方に消えていった。 ワルネミュンデに肩を抱かれながら、ミランダはチラリとホノファーナに殺気を込めた視線を投げ、見せつけるようにその場でワルネミュンデに両頬にキスさせた。 ホノファーナはその嫉妬深そうな瞳を睨み返してから、ワルネミュンデにも侮蔑のこもった視線を送った。 見せ付けられなくとも、ワルネミュンデを取り合うつもりなど鼻からない。 勘違いするなといってやりたかったが、負け惜しみに聞こえそうだったのでぐっとこらえる。 ミランダの勝ち誇った余裕の笑みを見て、初めから争う気の無いホノファーナに勝った気でいるらしいと思うと、ムカツキながらも、その愚かしさに笑みがこぼれる。 小バカにしたように肩を竦め、鼻で笑って二人を見送ると、少し気が収まった。 そして、フロントで鍵を受け取りさっさと自室に入ると、ベランダに出た。 最上階からの眺めは最高で、月にも近く、杖を月光のよく当たる場所へ置くと、柵に肘を突いて空を眺める。 ホテルの角にロキエがつけた見張りを見つけ、口元を笑ませる。 とうの昔に気付いているのだが、本人は気付かれていないと思っているらしい事が笑える。 明日の朝までいるつもりだろうかと思い、嘲るような瞳を向けたが、向こうは気付かなかった。 「ご苦労な事ね」 呟いて、部屋に戻った。 「だから、ホノファーナ=シ=チ=レーン=レジアの部屋番号を教えてっていってるんだってば」 「…聞き及んでおりません」 「いいから、教えてってば」 「では、レジア様に確認を取りますから、そちらのお名前を…」 「部屋番号も教えられないってーのかよ」 明らかな疑念の目を向けられて、ディオは少々焦った。 確かに、この高級ホテルにディオのような庶民的な服を着た胡散臭げな少年がいるのは怪しまれて当然だ。 どう見ても、ホノファーナの知り合いには見えないだろう。 下手に自分の存在をホノファーナに知られる事は避けたいが、ホノファーナの行動を見張るためには部屋くらい知っておきたいと、既にホノファーナに気付かれている事を知らないディオは、そう考えていた。 が、どうあっても教えられないという態度のホテルの従業員にこれ以上怪しまれるのも厄介だ。 仕方なく諦めようと思っていた所に、フロントの奥から、 「ホノファーナさまのお部屋は5201だったな」 そう言っているのが聞こえ思わず首を向けると、バーテンらしき男がフロントの男の怖い顔を見て頬を引きつらせた。 「え、まずかった…ですか?」 「お客様のお名前や部屋番号を軽々しく口にするな」 「え、あの、いや、ミランダさまに差し入れを承って…」 「言い訳はいい、ばか者め!」 叱咤されるバーテンに心の中で感謝しつつ、ディオはそそくさとその場を離れ、ロビーにかけてある地図で5201室を確かめた。 最上階の角、二間続きの大きな部屋である。 その贅沢さに驚いて、ディオは感嘆の混じった溜息をついた。 「はあ。すげぇ、金持ち……」 上流の人々が利用するホテルの、最もいい部屋を借りているホノファーナの身分を思うと、必要も無いのになぜか畏まってしまう。 民族色の強い衣装だったのであまりそのことに気を取られなかったが、よく考えるとあれだけの宝石を身につけられるのは、それなりの財力があっての事なのではないだろうかと、今更になって気付く。 部屋の扉がノックされたのを寝室のベッドの上で聞いて、ホノファーナは不機嫌に眉をしかめた。 既に寝る準備をして着替えてしまっていたので、今更訪ねてこられるのは疎ましい。 「何の用?明日にしてくれないかしら」 「ミランダさまから飲み物の差し入れなのですが…」 「ミランダ?ああ、あの女ね」 ミランダの派手な顔を思い出して口を歪め、その女がなぜホノファーナに差し入れなどするのか怪訝に思う一方、興味も引かれる。 ベッドの上に身を起こすと、上掛けを羽織り前を合わせる。 「どうぞ。入っていいわよ」 入って来た男に、電気をつけてミランダからの差し入れを居間のテーブルにおいて帰るように寝室から命じる。 言葉通りに男が去っていく気配を感じ、ホノファーナはベッドから降りて居間に入り、テーブルの上にのったグラスと果実酒のビンを見つける。 その脇に、白い紙が二つ折りにしておいてあった。 開けて見ると、『お近付きの印に。彼のお気に入りのものを用意しました。――ミランダ』とある。 『彼』とはワルネミュンデなのだろうと思うと、自然と嘲笑が洩れる。 椅子に腰掛けグラスとビンをじっくり観察するが、何の変哲も無いもののようだった。 手に取ってみても、何のことはない、ただのグラスとビンだ。 ビンのラベルを見ても、アルコールを滅多に取らないホノファーナには、高価なものであるだろう事しか分からない。 横から見ても、裏から見ても、ただの果実酒らしい。 首を傾げながら栓を抜くと、豊潤な香りの中に、ほんのり薬臭さを感じる。 魔術師は魔力さえあればいいというものではなく、それなりに知識も要る。 知識だけは生まれ持つ事はかなわないため、勉強するしかない。 そして、それを含め、ホノファーナは天才と言われる。 薬草や薬品の事にも詳しく、匂いから推測するとこれは痺れ薬入りらしいと判断した。 人に一定期間苦痛を与えるだけの、後遺症の残らないものだが、かなりきつめのものだ。 今飲めば、明日の朝まで苦痛にさいなまれ、寝る事もかなわないだろう。 ミランダの姑息で幼稚なやり口に笑みが洩れる。 こんなことをしてまで、ワルネミュンデに近付かせたくないらしい。 バカバカしいと溜息をつきつつも、寝室から小さな白い宝石をとってくると、果実酒のビンの中に落とす。 「集いし水の結晶、我の声に応え、穢れしものを清めたれ」 ビンの口を指で軽くつつき魔力のこもった言葉を呟くと、一瞬で、中の宝石が泡を吹いて消えた。 それを軽く振り、グラスに注ぐと、真っ赤な液体がテーブルに赤い影をつくる。 ホノファーナの瞳の色より濃い色の液体を光にかざすと、部屋中が赤く揺れて見えた。 毒気が抜けたさわやかな香りをかぎ、一口、喉に流し込んだ時、コンコンと扉がノックされた。 「誰?」 「オレだけど、ちょっといいか?」 声でそれがワルネミュンデだと分かり、ミランダにこの果実酒の事を聞いたのだろうかと、クスリと口元を不敵に笑ませる。 どうぞと言うとすぐに扉が開き、慌てた様子で入ってきたワルネミュンデは、テーブルの上にある栓の開けられたビンを見て愕然とした。 狼狽してホノファーナを見ると、神妙な顔で訊いてくる。 「飲んだのか?」 「あなたの好みって変わってるのね」 余裕ありげに言うと、顔に安堵感を浮かべた。 「毒消しの魔術も使えるのか」 「あなたの恋人って何考えてるのかしら。私をなんだと思ったのか知らないけど、ちゃんと注意しておいてくれないと、反撃に出ちゃうかもしれないわよ、私」 面白そうに笑むと、ワルネミュンデは困ったように肩を竦めて見せた。 「それは困るな。あの人は単に嫉妬深いんだよ、ものすごく。だから、許してあげて欲しいんだけど」 「呆れた善人ぶりだわ、あなた。まあ、私も、別に許すも許さないも気にしてないわよ、このくらい。嫉妬に燃えた女の愚かな行動だと思えば同情さえできるわ。私は寛大だから」 「ありがたい言葉だな。キミがいい人でよかった。感謝するよ、ホノファーナ」 「気にしなくて結構よ。取るに足らない事だわ」 白々しい感謝に薄ら笑いを浮かべると、ワルネミュンデは勝手に棚からグラスを取り出してきて、ホノファーナの向かいの椅子に腰掛け、果実酒を注いだ。 手にとって、目元まで持ちあげる。 「…何のつもりかしら」 「ここ、二人部屋だし」 「ウフフ、面白い事をいうのね。悪いけど、あなたのために二人部屋を借りたわけじゃないのよ」 冷たく睨んだが、ワルネミュンデは怯まず微笑む。 「じゃ、誰のため?」 笑みと共に送られた質問に思わず方眉をピクリと上げ、答える間を空けてしまったことに、胸中で舌打ちする。 「……私だけのためよ」 「贅沢だな」 「そうね」 「…ま、いいけど」 ワルネミュンデは面白そうに目だけを笑ませてホノファーナを見つめていたが、グラスの中身を飲み干してしまうと、それ以上何も言わずに部屋を後にした。 改めて、ホノファーナはワルネミュンデが苦手だと思った。 自分の方が優位に立っているとでも言いたげな、あの余裕ありげな目が気に入らない。 イヤな奴だと思いながら布団に潜り込み、すぐに眠りに就いた。 雲一つない晴天。 陽の登りきらない薄暗い早朝。 ホテルの従業員もまだ数名しか起きていないような時刻。 ホノファーナはワルネミュンデと待ち合わせた場所に向かおうとしたが、ホテルのロビーで鉢合わせてしまう。 同じホテルに泊まり、同じ時刻に同じ所へ行こうとしているのだから、当然といえば当然。 本来、ロビーで待ち合わせる方が自然だが、決めた時、同じ宿に泊まるとは思ってもいなかったのだ。 ホノファーナはわずかに顔をしかめてから白々しい愛想笑いを作るが、ワルネミュンデはボーっとしていて、なんだか首を傾げてしまう。 昨日の上品なワルネミュンデとは大違いで、頭はぼさぼさ、服はよれよれでズボンからはみ出しているし、何より、目が開いていない。 「……やぁ、ホノファーナ。よく眠れた?」 ワルネミュンデは寝癖頭をかきながら、あくび混じりに挨拶する。 「…ええ。贅沢な部屋のおかげで熟睡できたわ。ずいぶん早起きしたし。朝食も済ませてあるわ。あなたは寝起きのようだけど、ちゃんとドラゴンの所まで案内してもらえるんでしょうね。寝惚けて道を間違ったりしたら、報酬はゼロよ」 「ん〜?オレ、朝は弱いんだよな」 見たまんまの事を言われて、思わず眉間にしわを寄せる。 立ったまま眠っているのではないかと疑ってしまう。 「…大丈夫かしら」 「オレを心配してくれるのか、ホノファーナ。キミの方こそ寝惚けてるんじゃないか?」 「私がドラゴンの所へ辿り着けるのか大丈夫なのかしらっていう、自分の心配をしてるんだけど?もしかしてあなたの事を心配してるとでも勘違いしたのかしら」 「あ〜。寝起きすぎて、頭まわんない」 目をこすりながら、ふらふらと寄ってくる。 ホノファーナはそれを避けるように少し後退りして、口を歪める。 あまりの変化ぶりに、戸惑いを覚えている。 「…だらしないわ」 「昨日言ったじゃん。午前中にオレに会えてよかったなって」 「午後になってる時にそう言われた気もしないでもないわ」 「いつもなら、今からが寝る時間帯で、午前中はベッドの中。昨日のキミみたいに午前中のオレに会えるって、かなり幸運なんだよ。今日はキミのために無理にずらそうとして失敗した。早く寝て早く起きる筈だったんだけど、さっき眠りに就いたばっかりなんだよな。だから、ちょっとしか寝てない」 「…役に立つんでしょうね」 「さあ……。キミ、今日は一段と……」 美しい緑の瞳を何度か繰り返しまばたかせ、ようやく目が少し開いてきたワルネミュンデは、ホノファーナの格好に視線を留める。 「…重そうだな」 昨日より更に宝石類が増えているのを見て、うんざりと呟く。 瞳と同じ色の大粒の赤い宝石をごろごろと飾り、驚く程大きいものを首と腕に装着して、長い杖を軽々と操れるのが不思議なくらい重そうだった。 それなのに、ホノファーナは平気な顔で、姿勢も正しく、何もつけていないのではないかというくらい身軽そうだ。 「重いと感じたらおしまいよ」 「すごいな。重いとも感じないなんて、相当な鈍感さだ」 完全に覚醒していないくせに嫌味だけは健在だ。 気を悪くしたホノファーナが無言で顎をしゃくり外に出るように促すと、ワルネミュンデはあくびしながらおぼつかない足取りで歩き出した。 ロビーからエントランスまでの静寂に満ちた短い通路。 二人に気付いたドアマンが、音をたてずに開いた扉に、静かに向かう。 「普段から既に半分腐ってる脳ミソのもう半分も眠ってるみたいね。いったいどこを働かせてるのかしら」 「オレの脳は夢遊病らしい。眠ってるのにキミのために働いてるなんて、意外と健気だろ?」 「脳ミソだけ取り出せたら感謝の印にキスしてあげてもいいわよ」 ドアマンの挨拶を無視するホノファーナとは違い、ワルネミュンデは笑顔で手を挙げ挨拶を返し、扉をくぐって外に出た。 薄暗い空の一端が、太陽の出現を予言するように明るくなってきている。 澄んだ空気を肺に吸い込みながら、ワルネミュンデはまたあくびした。 少し歩いた振動だけで、寝癖は消えてしまっている。 淡い金髪がサラサラと風になびいた。 「ドラゴン・ロードまで連れていった報酬がキミのキスだけだったら、この依頼は断るよ」 いくら眠そうでも、だらしない格好をしていても、ワルネミュンデの美貌は衰えず、いくらか親近感が増しただけで、相変わらず秀麗だ。 それが気に入らなくて、ホノファーナは更に機嫌を損ねる。 親近感と言っても一般的な話なだけで、ホノファーナには通じないのだ。 今の台詞にも結構ムッときているが、表情だけはいつものように微笑みを浮かべる。 「その辺で朝の挨拶は終わりにして、さっさとドラゴンの所へ案内してくれるかしら」 「そう急かさないでくれ。太陽が昇りはじめた頃にアリスト族は寝床に向かうんだから」 「で、上り切った頃にロキエたちが見回りを始めるのね」 「そう。それまでに老ドラゴンを倒せたらたいしたモンだよ、キミは」 できるわけがないというのが、言葉からにじみ出ている。 小馬鹿にしたような言い方が、気に入らない。 が、ワルネミュンデがホノファーナをドラゴンの力を知らない無知者だと思っているように、ホノファーナも、ワルネミュンデをホノファーナの実力を知らない無知ものだと思えばいい。 そう思ってなんとか短気を鎮める。 「あ、そういえば……」 「ん?忘れ物?」 ワルネミュンデの問いかけを無視し、ホノファーナはホテルの角に歩いてゆく。 その後についていき、ワルネミュンデは一人の少年を発見した。 丸くなって壁にもたれかかり、すやすやと寝息を立てている。 「ディオじゃないか。なんでこんな所で寝てるんだ?」 「昨日からロキエの差し金で、私をつけてるんだけど、役に立たなかったみたいね」 「なるほど。勘がいいからな、ロキエは。動物的ってヤツ」 「あなた、気付いてなかったのかしら。バレバレだったんだけど」 「ああ、あの時から…」 昨日、廃虚でロキエたちに会った事を思い出す。 「あんな尾行も察知できないで、人のコトを鈍感なんてよく言えたものね」 「実を言うと、細かい事を気にしてられるほど、人生に余裕が無いんだよ、オレには。今を生きる事に精一杯でね」 そういって余裕たっぷりににっこり微笑むワルネミュンデは、もう寝起きのだらしなさを微塵も感じさせなかった。 いつのまにか身だしなみを整え、寝癖も無ければ、上品に着崩したシャツもそれなりにすっきりとしている。 表情も、きっちりとワルネミュンデの仮面を被っているという感じだ。 外見と中身が一致しているのか、頭の方も冴えてきたらしい。 昨日の印象が甦り、色々な女性陣の顔をも思い出してしまう。 それと同時に、ホノファーナに待ち人がいるという事がバレてしまったという事も、頭に上る。 「まあ、いいわ」 忌々しげに呟き、懐からペンを取り出す。 不思議そうに見守るワルネミュンデの前で、ポンッと音を立ててペンの蓋をはずすと、ディオの額にとりあえず『バカ』と書き、不敵に笑む。 「ウフフ、かわいい寝顔ね」 「……それ、油性だろ?」 「自分の間抜けさを恥じるがいいわ」 「かわいそうに…」 熟睡したままのディオを哀れみつつも苦笑してしまう。 満足そうに微笑むホノファーナに急かされ、あどけなく寝返りなどうっているディオを放置したまま、ドラゴンの棲む山へと向かう。 だんだんと辺りは明るくなり、日の出間近だと知らせていた。 昨日の廃虚を通り、アリスト族の若長リドラエル=リウ=ラ=アリストの現れた木の下までいった時、既に日の出は始まっていた。 「実はアリスト族もドラゴン・ロードしか通らないんだ。だから、彼らの現れる所が、ドラゴン・ロードというわけだよ」 「つまり、ここなのね」 「それに、ドラゴンがこの街を廃虚にしたって事は、ここもドラゴン・ロードだったってコトだろ」 ホノファーナは納得して頷く。 大地を通る磁力の関係なのかなんなのか、理由ははっきりしないが、ドラゴンの通り道は決まっていて、目に見えない障害物のようなモノがあり、そこを避けて通るため、道のようなものに見える。 しかも、それだけではなく、ドラゴン・ロードからはみ出した所に、次元の狭間のようなものもある。 ロキエが言っていた通り、本当に罠にはまったように道に迷ってしまうそうだ。 運が悪ければ、永久に迷い続けて帰ってこれないこともある。 ここ何年かだけでも、幾人かの人間が消えたらしい。 だから、ロキエたちは団体で行動しているのだとか。 「確率的には迷う方が少ないんだから、そんなに怖がる事はないんだけど、事実、そういうコトもあるのは確かだから」 「どういうしくみなのかしら。魔術でどうにかできないの?」 「試みた人はいたみたいだけど、どうもね」 胡散臭いものを見るような感じで、肩を竦めた。 「異次元に行って帰ってきたとかいう魔術師がいたけど、信憑性も無ければ、それを使って金儲けまでしてたんだから、この街での魔術師の評価はあまりよくないね」 「だから、変な目で見られてたのかしら」 「…それは…、どうかな?」 曖昧な作り笑いに、侮蔑を抱きながらも笑みを返す。 「冗談よ」 「自覚はあるのか。自分が奇抜な格好してるって」 「気を使っていただかなくって結構よ。一般的でない事くらい気付いてるわ」 「気付いてるって事は、まともだと思ってた時期もあるんだ」 「黒い中の白い点は目立つだけで、みんなが白かったらそれは自然な事だわ」 村にいる時はみんな似たような格好だった。 自分が白い点だと気付いたのは、村を出てすぐの事だ。 「というより、カラフルな中の黒い点、って気もしないでもないけど、キミの場合」 「どっちでもいいわ。変える気はないんだし」 ニコニコと相変わらず人のよさそうな笑みを装っているワルネミュンデに、嫌悪感を感じつつも、同じように微笑んで見せる。 信用のおけない嘘の笑顔が、どうにも苛立たしい。 あまり他人をすんなり信用した事はないが、特にワルネミュンデは詐欺的な要素が満載で気に入らない。 恐れられる事や嫌われる事はあっても、馬鹿にされたりするのはほとんどないホノファーナにとって、ワルネミュンデの自分に対する態度は屈辱なのだ。 さっさとドラゴンを倒して、きっぱり関係を絶ってしまおうと考えながら、後について歩く。 廃虚を出て森に足を踏み入れようとした時、 「動くなっ」 背後から、聞き覚えのある声がする。 ホノファーナとしては、無視してそのまま消えてしまいたかったのだが、前を行くワルネミュンデが、満面に極上の笑みをたたえてクルリと振り返った。 「おはよう、親友」 そこにいたのは、ロキエを先頭に、20人くらい集まったドラゴン保護団体の面々だった。 しかも、屈強な若い男ばかり。 予定より少しばかり早く登場したロキエは、近付いてくるワルネミュンデの親しげな微笑みに、イヤそうに顔をしかめる。 「……その呼び方はやめろと言っているだろうが、ワルネミュンデ」 「オレも、ワールと愛称で呼べって何回言ったかな」 ポンと肩に置かれた手を乱暴に払い、 「親しい風に呼ぶなと言ってるんだ、オレは。そのオレが貴様を親しく呼んでどうする」 「だって実際に親しいじゃないか。ひとつ屋根の下で暮してた事もあるんだし」 「…それをやめろと言ってるんだっ。貴様とオレとは親しくないっ。分かったか!だいたい、貴様はオレより7つも年下だろーがっ。馴れ馴れしくするなっっ」 すました様子のワルネミュンデに徐々に腹が立ってきたらしく、大声を出して怒鳴り散らし、最後にはぶちきれる。 どうにか後ろの一人になだめられると、我に返って気を鎮める。 そして、視線をホノファーナの方へとずらし、気を取り直して咳払いする。 「あー、ホノファーナ。悪いが、この山はドラゴン多発地帯なので、一般人は立ち入り禁止だ。狩猟許可証を持っているとしても、この時間帯はルール違反だからな。もっとも、持っている人間はこちらでチェック済みだが…」 「額にバカって書いてあるコから何か報告でもあって、ここにきたのかしら、ロキエ」 ホノファーナの嘲るような言葉に、ロキエは眉をしかめる。 「念のために、尾行は2人つけたんだが…。ディオにそんなコトをしたのか、ホノファーナ……」 「あら。じゃ、あのコ、まだ額にバカって書いたままあの場所で寝てるのね、かわいそうに」 「ああいう悪戯をする方がかわいそうだと思うけどな」 クスリと笑ったワルネミュンデをロキエが横目で睨む。 「貴様、そこにいてそれを止めなかったのか?」 「結構かわいい寝顔だったよ」 「悪意のある悪戯はやめろといつも言い聞かせてたのに、貴様はまったく…」 「あら、別に悪意なんか無いわよ」 その言われようは気に入らないと胸中でムッとしつつも、それとは裏腹に穏やかな笑みを浮かべて反論する。 「じゃあ、ホノファーナは額にバカとかかれても文句を言わないんだな?」 「お断りよ、そんな屈辱的な事」 「自分がやられてイヤな事は、他人もイヤなんだ」 「あのコには似合うけど、私には似合わないだけよ。個々の性質を生かすべきだわ。人がみんな同じだっていう考えには、同調できないわね。それじゃあ人間がたくさんいる意味が無いじゃない。それぞれに役割があるのよ。あのコはバカっぽかったからつい、書きたくなったのよ」 口調は柔らかに、母親が子供を諭すようなような物言いでディオをコケ落とすと、ロキエは真剣に憤慨した。 「失礼なっ。ディオのどこがバカっぽいんだ」 「見張りに立ったまま眠っちゃうトコとか」 「ヤツはまだ成長段階なんだっ」 「そうなの。じゃ、これからもっとロキエっぽく成長していくのね、順調に。それは楽しみだわ」 内面と正反対の優しげな微笑みを見せ、更に憤るロキエを無視してクルリと踵を返す。 「じゃ、私はこれで失礼するわ。ディオの将来について語り合ってても仕方が無いし。いきましょ、ワルネミュンデ」 「そうだな。せっかく早く起きたんだし」 「待たんかっ」 森の中に逃れようとする二人を当然のごとくロキエが制する。 ホノファーナがそれを無視するにもかかわらず、ワルネミュンデは笑顔で振り向く。 からかいがいがあるのは分かるが、こんなときにいちいち相手にしないで欲しい。 ホノファーナはワルネミュンデがいないとドラゴンの所へいけないのだから、仕方なく足を止めるが、ドラゴンを最優先に考えているので内心不満でいっぱいだ。 予定がだいぶん狂ってしまった事が、疎ましい。 本来なら、今はもうドラゴンと対峙している筈の時間。 躍る心を挫かれて、機嫌のいい筈がない。 「ワルネミュンデ。まず、依頼主である私をドラゴンのもとに案内して、ロキエと遊ぶのはその後にしてくれないかしら」 ホノファーナの台詞にカチンときたらしく、寄ってきたロキエは目を細めて口を歪めた。 人のよさそうな茶色の瞳が、心外だと訴えている。 「遊びでこんな大人数を引っ張り出すほど、オレ達は暇じゃないんだが」 「お仕事ご苦労様ね」 「ドラゴンの棲む山に観光客を近付けない事も、オレ達の仕事でね」 「つまり、私を山に入らせないっていう宣言かしら」 「ドラゴン保護団体とはいってもオレ達は人間だから、人間の安全を優先させる。危険に遭わせないためには、ドラゴンに近付けないのが一番だ。要するに、お前さんの心配をしてるんだよ、オレ達は」 「ウフフ、ぬけぬけとよく言えたものね。そんなに私をドラゴンに近付けたくないのかしら、ドラゴンのために」 「だから、お前さんのためだって言ってるだろ」 真っ直ぐに赤い瞳を見据えてそう言いながら、ロキエは唐突にホノファーナの腕をつかんだ。 嫌悪感に眉をしかめる。 振りほどこうとしたが、その前に後ろ手に腕を締め上げられる。 「……っつ……!」 一瞬だけ、苦痛に眉をしかめるが、声を出した事に効果があったらしく、ロキエの手が緩む。 その隙を突き、地面を蹴ってとんぼを切り、するりとロキエの腕から逃れる。 宙を舞うホノファーナを唖然とした目が見上げていた。 その身軽さに呆気に取られる。 愕然としている一同に目もくれず、宝石類がジャラリと音を立て、見事に着地して森の中へと駆け込んだ。 その後をワルネミュンデと、待てっ、というロキエの声が追ってくる。 いつまでも足止めを食っていては、ドラゴンと対決するのがのびのびになるだけだ。 ホノファーナが相手にしたいのは、齢300歳以上の老ドラゴン。 それ以外に用はないのだ。 |