Crow the fake sun

「黒天使遊戯」-1



     第一章


 ――ガタンゴトン
 電車の震動に合わせ、吊革が揺れる。
 外は陽気だが風はまだ冷たい春の日。
 今日は平日で今は昼。普通は授業中な時間帯だ。
 しかし電車内には特定の年齢であろう輩が多数。
 今日は県内一斉高校の合格発表の日だった。
 みんなそれなりな緊張感をもって今日を迎えたらしく、どことなく空気がピリピリしてる。
 お互いにライバルであり、もしかしたらこれから三年間、学生生活を共にするかもしれない仲間だ。
 座席に腰を落ち着けている高橋桂介も、内心は落ち着きなく時折周囲を目でうかがっている。
「…ぐ〜」
 しかし、隣りから聞こえてくるのはイビキだ。
 合格の自信のない桂介の隣りには、のんきにうとうとしている男がいる。
 横目でにらむが、ウトウトというか完全に寝ている。
 根岸亘。
 小、中と学校が同じ桂介の友人だ。
 数分の電車移動なのに寝れるのがうらやましいというか呆れるというか。
 周りを見ても、目をつぶって下を向いている者はいるが、寝入っている人間はいない。
 制服は多種様々で、どれもみんな3年間着古してそれぞれに馴染んでいる。
 桂介や亘のように、合格発表に私服で行くのは少数派のようだ。
「ん?」
 黒い服なので気づかなかったが、斜め向かいの席に座っている髪の長い女が私服だ。
 しかも口が半開きになっている。よく眠っているようだ。
「なんだ…、ああいうのもいるじゃん」
 しかし同い年くらいに見えても、合格発表とは無関係かもしれない。
 次の駅で降りなければ少なくとも桂介と学校は違うだろう。
「おい、亘、もう着くぞ?」
「ん〜? あー…」
 目をしばたかせ、首をコキコキと鳴らす。
「いいよなぁ、余裕な奴は…」
「なにが?」
「お前、合格発表見にきたって覚えてる?」
「覚えてるぞ?」
「別に俺と成績かわんねーくせになんでそんな余裕なんだよ…」
「あ? だってもう結果でてんだぜ? 今から試験受けるわけでもねーのに緊張してどーすんだよ」
「そうだけど、今後3年間の運命がかかってんだぜ?」
「大げさな奴だ。不合格なら元の学校に戻るだけだろ? 中高一貫のエスカレーター式なんだから路頭に迷うことないし」
「…いいのかよ、それで」
「嫌なのか?」
「当然だろ、また3年間男子校なんてたまんねーじゃん」
 そうなのだ。
 桂介も亘も、中学を男子校で過ごしてしまった前科者なのだ。
 今はとても後悔している。
 亘の家は武道道場で、その父親が武道場のある学校に池と言い張り、息子はすんなりそれに従った。
 その道場に通い、亘と同い年で仲の良い桂介も、ついついつられて亘と同じ中学へ行ったわけだが…。
 はじめのうちは構わなかったが、成長期でみんな育ってくると男子校なんてこの世の地獄だ。
「俺たちは思春期なんだぜ、亘」
「は? なに恥ずかしいこと言ってんだよ」
「女っ気のない学生時代なんてあんの入ってない鯛焼きと一緒だっ」
「お前、なんか勘違いしてるぞ?」
 意気込む桂介を亘は冷静に諭す。
「共学であれば楽しい思い出ができると思い込んでるようだがな、余計につらい思い出になるかもしんねーじゃん」
「う…」
「クラスにちゃんと女子がいたって、お前に女っ気があるとは限らない」
「そ、それは…」
「みんなあんこたっぷりの鯛焼き食ってる横で、お前だけあん無し鯛焼き食うんだぜ?」
「うが〜、そうとは決まってねーだろっ」
「決まってはないが、確率が高いのは事実だ」
「なんでだよ、この〜」
「お前は男気のあるいい奴だ」
「な、なんだよ、唐突に」
「高校生くらいの小娘たちにお前の良さがわかるとは思えんな」
「いや、俺は信じる。俺の良さをわかってくれる子がいるはずだ」
「うん、他の学校かもしれねーけどな」
「お前はな〜、なんだって人を落ち込ませるようなことを言うんだ」
「暴走しがちな桂介を現実に引き戻してやってんだよ、むしろありがたがれ」
「逆に迷惑だ」
「そうか。若いうちの夢は大きいほうがいいもんな」
「…いちいち嫌味なやつだ」
「じ〜」
「な、なんだよ」
「お前、太ったよな」
「う…」
「つーか、贅肉ついて筋肉落ちた?」
「仕方ないだろ、受験生とはそういうもんだ。半年くらい運動してないし」
「体鈍ってるだろ。また道場こいよ? 俺が鍛えなおしてやる」
――葉南〜、葉南〜
「お? 着いたぜ、桂介」
「よしっ、輝かしい未来への第一歩だ」
 電車からぞろぞろ降りる列に従い足を踏み出す。
 出て行き際にちらりと目を向けると、黒い服の女はまだ座席に座ったまま眠っていた。
 どうやら同じ駅では降りないらしく、少しだけ残念な気がした。
 私服同士というわずかな共通点があったせいか、無意識ながら同じ学校であることを期待していたようだ。
「あーあ」
 不意に亘が少しがっかりした声を出す。
 視線は桂介と同じ人物に向いていた。
「顔が俺好みなのになぁ」
「あの黒服?」
「お前も目ぇつけてた?」
「つーか、お前ずっと寝てたくせに、なんでちゃっかり観察してんだよ」
「そんなの一瞬で充分だ」
「あっそ」
 プシュッと電車のドアが閉まる音が聞こえ、二人ともが黒服の女に目を戻す。
 そしてギョッとした。
 ゆっくりと加速をはじめた電車の窓から、にゅっと足が出てきたのである。
 一瞬の間に、人が一人窓からたすっときれいにホームに着地したのを唖然として見つめる。
 電車は加速を続け、車内に驚いた顔のまま固まった者たちを乗せて走り去っていった。
「ふー、乗り過ごすとこだった」
 やれやれといった口調でつぶやいたのは、黒服の女である。
 走り出した電車の窓から飛び降りるさまをあっけにとられて見ていたのは桂介や周りの客たちばかりではなかった。
 はっと我に帰った駅員が、慌てて笛を吹きながら走ってくる。
「なにやってるっ、どこの生徒だっ」
「おっと、やべ――ん?」
 黒服の女が逃げる姿勢をとったのをつかむ手があった。
「あ、危ないだろっ」
 至近距離にいた桂介が思わず捕まえたのである。
 女は一瞬驚いた顔になり、すぐにニヤッと口角を上げる。
 次の瞬間、ふわっとした浮遊感があったと思うや、桂介は見事にホームにひっくり返っていた。
「ぅげ…っ」
 見上げると、ワンピースの裾を翻し、微笑を残して黒服の女が走り去っていくのが見えた。
「ま、待て、こら、君っ」
 桂介の隣りまでやってきた駅員が、はぁはぁ荒い息をついて後姿を見送る。
 黒服の女は器用に他の駅員たちをかいくぐり、人並みを縫って改札を飛び越えた。
 一応切符を置いていくのが見えた。
「律儀な奴…」
 ぽそっと亘がつぶやいたが、桂介はそれどころではない。
「あ、あのくそ女〜」
 仰向けになってホームの天井を見ながら、きりきり歯を食いしばる。
「大丈夫か、桂介?」
「無事かね、君?」
 亘と駅員に声をかけられ、ぶすっとしてうなずきながら身を起こす。
 色々な意味の周囲の視線も感じ、軽く屈辱感がわいてくる。
「くそったれめ〜」
 余裕ぶった笑みが脳裏によみがえり、拳を握る。
「知り合いだった?」
「誰がっ? あんな知り合いがいてたまるかっ?」
「き、気持ちはわかるよ、うん」
「まあ、落ち着け、桂介。駅員さんに当たっても仕方ないだろ」
「う、う〜…」
 そのとおりなのだが、高揚した気分が収まらない。
 うなる桂介をよそに、亘は駅員に本当に知り合いでもなんでもないことを説明する。
 なだめられながら、桂介は合格発表の会場である葉南高校に向かった。


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