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意外なことに、山下は普通に漫画のコーナーにいた。しかしどちらかというとマイナーな出版社の棚の前だ。 すぐに桂介に気付いて顔を向けた。 「フッ、なかなかしつこいな、お前…――ん?」 近づいてきた桂介を見て、眉をしかめた。 「…なにかあったのか?」 「な、なんで?」 異常に鋭い男である。 「顔が青いし、微妙にこわばってる」 「う…、そうか?」 自分で思うより恐怖を感じていたのかも知れない。 「大丈夫か?」 そう問われれば、大丈夫ではない気もする。精神的に。 とりあえず、昨日会ったばっかりの山下に思わず頼ってしまうくらいにはショックを受けていることを自覚した。実は冷静ではないらしい。 「あのな、正直に言うと…」 「うん?」 「ヘンな奴に襲われた」 「へ?」 「通りがかりの中学生に助けられたから平気だけど、思い出してみるとかなり危なかったんじゃないかと」 「中学生?」 「何者かはしらないけど、追い払ってくれたんだ」 「へえ?」 いまいちピンと来てないらしい。ヘンな奴としか言ってないので当然である。 通りがかりの警察官とか、強そうな大人とかいうのなら理解しやすいが、中学生に助けられたというのは普通は理解できない。 「斬られそうになった」 そう言ってうかがうように目をやると、山下は軽く目を瞠った。 「……――斬られるって?」 「日本刀みたいなやつで」 「――刀…」 それには山下も思い当たることがある。 沙久耶が背中に刀傷を受けてから羽が生えたという噂は、さっき山下の口から聞いたばかりだ。 「…本当に?」 「しかも赤い目」 「赤い目?」 「カラーコンタクトとかじゃないぞ」 「…人間か、そいつ?」 「俺の予想だけど、たぶん違う」 「ふーん」 あっさり納得した。 沙久耶の黒い羽を野性の勘で感じ取るくらいなので、なにか普通ではない世界を知ってるのかもしれない。 「んで、そういうのを追い払う力があるみたいな中学生に助けられた」 「……なるほど」 「信じる?」 「俺も縁がないわけじゃないからな」 話が早くて助かるが、逆に桂介のほうがが信じられなくなってしまう。 亘に話せば、桂介の正気を疑われそうな内容である。それを山下はすんなり信じるのである。 「んで、お祓いしてもらってお守りももらった」 ポケットからさっきもらった和紙を出して山下に見せると、眉をしかめてまばたきした。 「――こ、これは、すげえ…!」 幻の逸品を見せられた骨董コレクターがするような反応である。 信じがたいという面持ちで桂介を見直し、またすぐ手の中に目を戻す。 「中学生がくれたって?」 「え、ああ、中学校の制服を着てたから、中学生だろ」 「何者だ、その中学生」 「もしかしたら、お前の知り合いじゃないかと思ったりもしたんだけど、期待はずれか?」 「うぬぅ、こんな高い能力の人間…。俺が誰だか知りたい」 ぎらぎらした目で見られ、ちょっとばかり怯む。 「えっと、名前は聞きそびれた」 「なにぃ、惜しいことを…、こんな強力な護符、初めて見た」 「これ? 効果あんの?」 山下の反応のほうに内心驚きつつ首を傾げてみせると、責める目でにらまれる。 「わかんねーのか? もったいない」 価値のわかる人間が持っていればいいという類のものでもないのでどうしようもない。 「念のため3日間は持ってたほうがいいって」 「本当に中学生だったのか? そんな子供がなんでこんなすごいものを…」 「そんな急にテンション上がるくらいのもんなのか?」 「お前…、そいつに心から感謝したほうがいいぞ」 「そうなのか?」 「その赤い目のやつってのがどういうのか知らないけど、たぶんその中学生のおかげで言葉通りの意味で命拾いしてる」 「いや、まさしくそうなんだけど」 「こんな強力な護符を渡されるくらいに危険なやつ、俺でも逃げるくらいしか…」 真面目な顔でそう言われ、少女を思い出して感心する。 見た目ではまったく分からなかったし、そういう態度でもなかったが、あの陽気な少女は相当すごい能力持ちのようだ。 「なんか運が良かったみたいだな、俺」 「さすが俺の見込んだ男だ。なんて強運なんだ」 「…強運かぁ?」 それには疑問を感じる。 赤目の通り魔に襲われることがまず不運としか思えない。 「とりあえず、これもってれば大丈夫なんだよな?」 「ああ、離さないほうがいいぞ」 「わかった」 できるだけ丁寧にポケットにしまう。これが桂介の命綱のようだ。 ポケットに穴でも開いていたらしゃれにならないので、一応縫い目も確認する。 「もしかしてあれが、3年前沙久耶を襲った通り魔だったのかな?」 裏山で発見された沙久耶の背中には刀傷。そして、長い刀を持った、赤目の怪しいやつ。 「俺はそのへんは本当に全然知らないぞ?」 何気なく探りを入れたみたが、山下は本気で知らないようである。 「俺は、これからの沙久耶の助けにはなれるが、昔のことを探る気はない。そういうスタンスだ」 「…なるほど」 内心でちょっと嫌な奴だと思いながらも、結局桂介にはどうしようもない。 「俺だったらこういう日はこれ以上ふらふら出歩かないでおくぞ」 「ああ、そうするよ」 家でおとなしくいているのが一番だと、山下は言っている。 まさか家にいてああいうものに襲われることはないだろうと考え、確信はないなと思い直す。 その表情の変化に、山下はニヤニヤした。 「怖いなら俺が家まで送ってやるぞ?」 「…遠慮する」 少しばかり、送ってほしいような気もしたが、さすがにそうとは言えない。ぶすっとしてにらんだ。 「まったく、昨日から散々だ…」 帰り道、桂介は少しばかり投げやりな気分でひとりごちた。 さすがにさっきと同じ道を通る気にはなれず、少々遠回りながらも、人通りの多い大通りを歩く。 道々溢れてくる不平不満をブツブツつぶやく。周りからみると相当不機嫌そうである。 考えてみれば、今は中学を卒業した春休みであり、これから過ごす目くるめくバラ色の高校生活にウキウキしていればいい時期である。 それを沙久耶に関わったせいで色々、普通はしなくてもいいような心配事が盛りだくさんだ。 すべて沙久耶がらみで、会ったばかりの桂介がこうも次々危険な目にあうのは納得がいかない。 屋上から落とされたり、刀で斬られそうになったり。 「…………ん?」 疑問が浮かんだ。3年前の通り間は、大男なのか赤目なのか。 しかしどちらにしろ3年前の事件は、まだ続いているらしい。 いったいどういう経過をたどったのか。 ふと、采果病院の早川が思い出された。 あの場は背中に羽の生える奇病と適当なことを教えられて追い返されたが、早川が3年前の事件を知らないとは思えない。 それと沙久耶の羽との関連をなにか知っているはずである。 もしかしたら、3年前の事件の詳細も知っているかもしれない。 そっちを攻めるほうが手っ取り早くて正確なのではないかと思えてくる。 幸いなことに大通りを通ったことで、采果病院に近くなっている。 桂介の足は采果病院へ向いた。 ピンポーンと海江田家のインターホンがなった。 自室のベッドに寝転がりボーッとしていた海江田は、面倒臭そうに身を起こすと、しかめっ面で耳の下をかく。 父は仕事、母は買物、兄弟他同居人はもともといない。つまり、家にいるのは海江田だけである。 2度3度立て続けにインターホンがなり、来客が誰だか予想がつき、また面倒臭そうに顔をしかめる。 「はいはい、今出るって」 4度5度鳴り続ける騒音に、聞こえないと分かりつつ返事しながら重い足取りで玄関へ向かった。 ドアを開けると、予想通りのおちゃらけた陽気な顔が見えた。 「おはよ〜、カイくん」 中学の制服を着た明るい笑顔の少女である。 「うるさいんだよ、聞こえてるって」 「じゃ、早く出てよね〜」 「お前と違って瞬間移動できないんだよ、俺は」 「あたしだってできないよ〜?」 「自分ができないことを人ができると思うなよ」 「…あー。う〜ん、カイくんの嫌味は奥が深いねぇ」 要するに、間髪おかずにインターホンを押すなと言いたいだけである。 ようやく理解して、少女はそれでもニコニコしている。 この少女は、なにがあっても基本的に笑顔なのである。 人外のものに襲われている男を見かけても、助けに入ってもそうである。 赤目の魔物から桂介を守った少女――伊東実芽衣(いとうみめい)は三条沙久耶の血の繋がった妹だ。 親の離婚はずっと小さいときなのだが、姉妹同士の交流が途切れることはなかった。 というより、家が近所ということもあり、実芽衣のほうが一方的に三条家に押しかけるのである。 背中にカバンを背負っている。今日は学校帰りによったらしい。 「お姉ちゃん、どうしてる?」 「部屋で寝てるよ」 海江田家と三条家は隣同士なのである。 誕生日も近く、生まれたときからお互いの家を自分の家のように出入りしている沙久耶や海江田にとって、海江田家と三条家の区別はあまりない。ほとんど2軒で1軒の扱いである。 それは実芽衣も同じである。 いつも通り勝手にキッチンへあがりこみ、冷蔵庫を開けて野菜ジュースを出す。 棚から取ったグラスに注ぎ一口飲んでから、食卓の椅子に腰かけた海江田をちらりとうかがい見た。 「…昨日またやったって?」 「ああ」 実芽衣の問いかけにぞんざいに答え、付け加える。 「しかも、見られた」 「だってね」 「まずいことに、これから同じ高校に通う奴だ」 少し憂鬱そうにため息をつき、口を歪める。 「口の軽い奴じゃないけど…」 見て見ぬ振りが得意ではない桂介を思い浮かべ、海江田は顔をしかめる。 実芽衣は相変わらず笑顔である。 「まー、そんなに心配しなくたって大丈夫だって」 のんきな実芽衣にしかめ面を向けてから、海江田は対策を考えはじめた。 せっかくこうならないようにあらかじめ忠告しにいったのに、どういう縁か瞬く間に桂介は沙久耶の秘密を知ってしまった。 桂介の性格からいって、このまま沙久耶を放っておく気がしない。 しかも間の悪いことに、3年間停滞していた事態が動き出した直後である。 沙久耶も海江田も実芽衣には言っていないが、”あの男”が現れたのである。 海江田は黙って腕組みし、口を結んだ。 |