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桂介は、2日ぶりにやってきた根岸流道場で唖然とした表情を浮かべた。 「わ、わ、わ、亘…!」 「どうした、桂介」 桂介の慌てっぷりにも、亘は冷静である。 怪訝な顔で首を傾げた。その隣りには、小柄な少年がいる。 亘のものであるために少し大きめの服を着て、無造作に頭に蒔かれた布で左目を隠している。 その顔には忘れられないものがある。 「お前、なんでこんなとこにいるんだよ」 桂介は、元赤目であるその人物に、大いなる疑問をもって訊ねた。 しかし、フンと生意気そうに無言で顔をそらされてしまう。 「なんだ、知り合いか?」 代わりに亘が質問を返してくる。 「お前こそ、こいつと知り合いか? つーか、知りあいのわけねーよな」 「まあ、昨日、家の前で拾ったんだけど」 「犬猫じゃあるまいし、なんだそれは」 「フラフラになって膝ついてたから」 「だからって、物騒だろ、こんな奴」 桂介の主張に、亘は不機嫌な顔をした。 「なに言ってんだよ、かわいそうだろ。子供だぜ?」 「子供ったって――…」 言いかけて、途中で言葉を飲み込む。 そう言われてよくみると、確かに子供にしか見えない。せいぜい中学生くらいだ。 しかし、刀をもって斬られかけた桂介にしてみれば、危険極まりない人物である。 どういうわけか今は黒い目をしているが、あの血のような赤い目も、冗談抜きでぶつけられた殺気も忘れられない。 桂介が言いあぐねているのに、元赤目はそしらぬ振りで平然としている。 「とにかく、うちでしばらく預かる事にしたから仲良くしてやってくれ」 「…はぁ? 預かる?」 「名前は、アウラって言ったよな?」 「うん」 「まー、いろいろあるよな、お前も」 アウラは素直にこくりとうなずく。 「こいつ〜」 「なんだってそんなに反発するんだよ、桂介」 どうやら亘はアウラを単なる家出少年だと思っているらしい。 歯がゆい思いで、桂介は口を歪めた。 「…親元に連絡しなくていいのかよ」 「いいじゃないか。お前だって2、3度家出してるだろ?」 「う…」 亘の言う通りである。 放任主義の親であれば、娘ならともかく息子の家出くらい1日や2日は黙認するものかも知れない。 少なくとも、桂介は2日帰らなくてもどうともされなかったことがある。 「でもこいつはなぁ――」 正体を暴いてやろうかと考えたが、アウラがものすごい視線で桂介をにらんでいることに気づいて言葉を切った。 しかも、正直に事実を語ったとして亘が信じるとも思えない。 「うるさいやつだ」 アウラの鋭い視線に気づかず、亘が呆れたように言う。 「とにかく、親父のオッケーもでてるし」 「いつまでいるつもりだ?」 「別に今そんなこと考えなくたっていいぞ、アウラ」 「うん」 あくまでも亘はアウラの味方をするようで、桂介にとってはまったく面白くないどころか、腹立たしくなってくる。 「ちょっと借りるぞ」 そう言って、アウラの首根っこを捕まえると、強引に道場の隅に追いつめる。 亘がやれやれといった表情で肩をすくめているのをむすっと見つつ、壁際にアウラを押しやる。 アウラは桂介の腕を押しのけ、不愉快そうに桂介に目を向けた。 「何のつもりだ?」 「そりゃ俺のセリフだろ。なんでお前がここにいる?」 「お前に許可を得る必要も理由を説明する義務もない」 「バカ言うなよ。お前みたいに危険なやつ、亘のそばにおいて置けるか」 「ワタルに危害は加えない」 「ぬけぬけと〜。お前、俺になにしたか覚えてんのか?」 「間違えて殺そうとしたみたいだな」 しれっと言ってくれる。 「他人事かよ」 「とにかく、今の俺にそんな力もないし、ワタルにはなにもしない」 不機嫌に言った言葉に、眉をひそめる。 「そんな力もないって?」 「敗北の苦い思い出を俺に語らせるな」 「はあ?」 「察しろ、俺は負けて力を吸い取られた」 「え?」 「お前に触れられてももうなんともないのがその証だ」 「あ、そういやそうだな」 今もポケットに入っているお守りを思い出して納得する。 昨日は触っただけで感電したようになっていたアウラが、今日はまったくなんの反応もなかった。 「俺はあいつに負けて今は人間並みの力しかない」 「あいつ?」 ぱっと桂介の脳裏に浮かんだのは、沙久耶である。 桂介が沙久耶と間違えられて襲われたあと、ちゃんと沙久耶を見つけて襲いかかり、反撃を食らったと考えた。 「俺はまんまとあいつの餌に引っかかったんだ」 「餌?」 なにも考えずそのまま聞き返すと、アウラは恨みがましい目を向けてきた。 「お前のことだ」 「へ?」 「お前が餌だったんだ」 「…………」 意味が分からず、一瞬思考が停止した。 「お前についたシドの匂いにつられておびき出されたというわけだ」 「って、つまり…?」 どういうことか分からない。 餌といわれてもぴんとこない。 沙久耶と桂介は一昨日まで会ったこともなかったし、屋上へ行ったのも偶然沙久耶を見かけたからだ。 采果病院の屋上に沙久耶を見かけ、黒服の大男に襲われて沙久耶は大量出血、そのあと早川医師に助けを求めてその場は収拾。そして翌日、桂介は道端でアウラに襲われた。 アウラは陽気な中学生に追い払われ、その後何者かに敗北しふらふらになって亘に助けられる。 「この徴が消えるまでは奴に近づけない」 しぶしぶといった感じで、アウラはシャツの裾をめくって桂介に胸を見せる。 昨日も見た、卵大のあざがまだくっきりと残っている。 「これは?」 「門だ。奴の視界内に行くとここから力が吸い出される。今の俺がこれ以上力を取られたらヤバイ」 「ふーん…」 とりあえずうなずくが桂介の理解の範囲を超える。 「なにやってんだ、変態」 不審げな亘の声に、慌てて振り返る。声と同様不審げな視線が向けられている。 「う…」 はっとして傍からみた自分の状態を考えた。アウラはいやいや服をめくり上げ、桂介は真剣にそれを見ているのである。 「ち、違うんだ、亘」 「ど変態か、お前は」 焦ってアウラの服を元に戻す。 「くそ〜、お前のせいで亘に変に思われただろうが」 アウラは桂介の非難を無視し、敗北を思い出してか悔しげにしていたが、あきらめたように嘆息した。 「まあ、そういうわけで俺はしばらくここにいさせてもらう」 「図々しいな。魔界だかどっかそういうところに帰ればいいだろ?」 「こんな状態で帰れるわけがないだろうが」 またシャツをめくりあげようとしたのを慌てて止める。 「わ、分かったからいちいち見せるな。亘が見てるだろ」 亘に視線をやると、かなりあやしむような目で見られている。 「絶対に亘には危害を加えないんだな?」 「ああ、約束する」 「うむ、しかたない」 渋りながらもうなずく桂介に、アウラが不機嫌な顔をする。 「なんでお前の許可がいる」 「亘になにかあったら俺が後悔するからに決まってるだろう。お前の正体知ってるんだから」 これで亘がアウラにどうにかされたら桂介のせいである。 アウラの見た目はわりと華奢で貧弱に見えるが、人間ではないのだ。どういう力があるのか分からない。 それでも、桂介が許そうが許すまいが亘とアウラの間で、アウラがここに滞在することは成立しているのである。 話が終わるのを待っていた亘は、二人の会話が途切れたのを見はからって口を開く。 「それより桂介、突き指は?」 「ああ、すっかり忘れてた」 「でもま、怪我をなめちゃいかん。しばらくはそっとしといたほうがいいな」 「ああ、もう打倒沙久耶もどうでもいいし」 「そうだろうな」 「なんだ、そりゃ」 「実は少年趣味だったんだな、桂介」 「はぁ〜?」 「アウラで目覚めたのか?」 「なに言ってんだよ、亘、人を変態みたいに…っ」 「まあま、いいっていいって」 からかわれてぶすっとなる。 不意に思いつき、桂介は自分のポケットからもらったお守りを取り出した。 「亘、亘」 「ん?」 「これ、もってろ」 「なんだ、これ?」 「いいから、絶対肌身離さず持ってろよ?」 強引に押しつけると、亘は首をかしげながらも受け取った。 一応桂介なりのアウラ対策である。あと1日は桂介がもっているべきものであるが、アウラを追いだせといっても無理だしこの際しかたがない。 もしかしたら効果も切れるのかもしれない。 あの陽気な少女を探そうと、桂介は決意してキリッと口を結ぶ。 「じゃーな、亘」 「え、帰るのか?」 「用を思い出した」 「そうか? せっかく来たのに」 「またくる」 亘にそう言ってから、アウラに警戒心丸出しな視線を向ける。 アウラは不機嫌そうに桂介を見たが、信用しろというのは無理な話と理解しているらしい。好きにしろと顔に出した。 つづく |